救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

アノーチャーの住民登録はずっとそのままに?チェンマイ集会(2007/03/23)
★☆救う会全国協議会ニュース★☆(2007.03.23-3)アノーチャーの住民登録はずっ
とそのままに?チェンマイ集会

 訪タイ報告第3弾は、チェンマイでの集会での発言です。日タイ連携で救出す
ることを確認しました。

■アノーチャーの住民登録はずっとそのままに?チェンマイ集会

3月21日チェンマイでの拉致問題講演会詳報

■アノーチャーさんの甥パンジョン・パンチョイさんの訴えとアノーチャーさん
拉致を認定した当時のスラチャイ・チェンマイ県サンカンペーン郡郡長の証言

★パンジョン・パンチョイさんの訴え

 叔母がいなくなったとき、まさか拉致とは思わなかった。どうしたのか分から
ず、家族はとても苦しい時間を送ってきた。

 アノーチャーは家族を愛する朗らかな性格だった。私たちは大家族で8?9人
で一緒に住んでいた。その家族からアノーチャーがいなくなって暗い気持ちになっ
た。

 アノーチャーは非常に家族思いで、定期的に仕送りをしていた。そのような叔
母がいなくなり、家族は生活も苦しくなり、気持ちも苦しくなった。

 アノーチャーはバンコクで働いていたとき、チェンマイの家に戻ってくるたび
にお土産を持ってきた。このカセットラジオは叔母がバンコクで買って自分で使っ
ていたものを私の父にプレゼントした。父はアノーチャーがいなくなった後もこ
のラジオを大切にしており、アノーチャーを思ってかじっとそれを眺めているこ
とも多かった。

 私たち家族はアノーチャーがいつ帰ってきてもいいようにバンコク時代にアノー
チャーが持ってきたお土産や衣料品など全部大切にとってある。帰ってきたら見
てもらいたい。

 私の祖父、アノーチャーの父は、もともと社会的な人間で様々な対外活動をし
ていたが、アノーチャーがいなくなった後、引っ込み思案になり、外出は自宅か
ら病院に行くだけとなってしまった。

 アノーチャーがいなくなってから無口になり、アノーチャーのことを尋ねられ
ても黙ってしまっていた。それでもアノーチャーが帰ってきたとき会うためにちょっ
とハンサムにしていようと話していた。

 私たち家族はアノーチャーの住民登録をずっとそのままにしておいた。心の中
でいつか帰って欲しいと思っていたからだ。

 アノーチャーの父は2005年、97歳で亡くなった。タイのテレビでアノー
チャーが北朝鮮にいるというニュースが流れる3か月前だった。

 アノーチャーの父が亡くなったとき、私の父、アノーチャーの兄スカムがこの
問題を引き継いだ。2005年12月の東京での大会にもスカムと私が参加した。
ところがスカムは2006年8月、突然血液感染症で危篤になり入院した。やっ
と退院したが、耳が聞こえなくなった。

 近所の人と筆談で、もしアノーチャーが帰ってこないのなら私の命は長くない
が、アノーチャーが帰ってくると信じてがんばっていると話している。

 今日は私たち家族にとってうれしい日だ。日本から飯塚さんと西岡先生が来て
励ましてくれた。日本の仲間が支援と協力を申し入れてくれている。私たちは日
本政府、家族会、救う会以外、誰を頼ったらいいのか分からない。

 先日もラジオで6者協議の結果のニュースを聞いた。北朝鮮の態度に失望した
が、私たちは希望を捨てていない。父にアノーチャーを会わせたい。

★スラチャイ・ジョングラック前チェンマイ県サンカンペーン郡郡長の報告

 私は今日の講演会で日本人とタイ人が力を合わせて二つの国の問題を話し合っ
ていることをうれしく思う。

 2年前、2005年、私はアノーチャーの実家があるチェンコイ県サンカンペー
ン郡の郡長でした。私が郡長だったとき、アノーチャーの兄のスカム・パンジョ
イが私の事務所にやってきた。テレビでタイ人の北朝鮮による拉致被害者のこと
を見た。その被害者が失踪している自分の妹とよく似ているというのです。テレ
ビでそのタイ人被害者の写真が出て、顔がそっくりだし、名前も同じだというの
です。

 スカムさんは28年間消息が分からなかった妹の写真までがテレビに出たので、
とても喜んでいた。しかし、外国で連絡できないから、一番身近な役所である私
のところに来たのだ。

 郡長としてスカムの妹が拉致被害者だと確定した決め手は三つあった。

 第1は、家族が住民登録を抜いていなかったので、アノーチャー・パンジョイ
の名前を確認できたこと。

 第2は、そのアノーチャーは1978年にマカオで失踪したと家族が証言して
おり、ジェンキンスの本でもタイ人被害者はマカオから連れてこられたと書いて
ある。

 第3は、ジェンキンスがテレビ局に提供したアノーチャーの写真だ。ジェンキ
ンス一家が海水浴に行ったとき写した写真の後の方にアノーチャーが写っていた。
その写真を家族、友人、学生時代の同級生に見せたところ、皆、間違いないと話
した。

 それでジェンキンスの本に書かれたタイ人被害者がスカムの妹のアノーチャー
・パンジョイであることが間違いないと判断した。そこで外務省に連絡した。そ
れを受け、タイの外相が北朝鮮の外相に直接アノーチャーの問題を提起した。し
かし、北朝鮮は否定したと聞いている。

 この問題に対するタイ政府の動きは2年間で、人物を確定し、外相が北朝鮮外
相に直接交渉したという比較的迅速なものだった。先の首相タクシン氏が地元で
あるサンカンペーン郡にお国入りしたとき、アノーチャー家族が首相に直接嘆願
書を手渡すことができました。それには私も協力しました。

 2005年12月には東京で開かれた大きな集会にスカムとパンジョンが招か
れたが、私もタイ政府として同行した。その後私はランクーン郡長に転任して今
に至るが、今日は駆けつけてきました。

 この問題は、タイは被害者が1人、日本は100人程度と推定されているが、
たとえ何人であっても日本とタイが手をつないで国際社会に訴えればアノーチャー
も日本人被害者も帰ってくると信じている。

 日本に行ってうれしかったのはジェンキンスさんと会えたことだ。彼から、2
003年、北朝鮮にいたとき、北朝鮮当局から曽我ひとみのことをあきらめて北
朝鮮に残るならアノーチャーと一緒にさせてやると言われたという証言を聞いた。
この証言から少なくとも2003年までアノーチャーが健在だったことが分かる。
アノーチャーは生きていると信じている。

 日本では家族会、救う会が出来て10年、タイでは2年だが、連携を強化すれ
ば必ず全員助け出せると信じている。
                           以上




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