III.水増し統計を発表し続ける理由
2.搾取と抵抗の朝鮮史
北朝鮮では、食糧の生産量が少なければ、それなりに対応をしてきた長い歴史がある。
権力者の農民に対する収奪は李氏王朝時代も、その前の時代も行われていたが、「金氏王朝」時代の収奪が最も過酷である。李氏王朝時代は、科挙に合格したエリート知識人たちが両班(ヤンバン)という特権階級を構成した。そして、地方の代官になって赴任すると、1、2年で一生分の富を搾取したと言われる。
現在は、両班ではない「赤い特権階級」がいて、北朝鮮の農民や住民を収奪している。権力者によるこのような収奪に対して、現代の北朝鮮の農民たちは、乾燥不足のまま計測して収穫量を水増しし、土地面積をごまかし、隠し畑を耕す。自留地に柿の木を植え、自留地の作物に肥料を多く与える、などの苦しい対応で生き延びてきた。朝鮮の歴史は、搾取と抵抗の歴史ともいえる。上に政策あれば下に対策ありである。
特権階級の下部に属する中間管理者たちも、現代の北朝鮮で様々な役得で暮らしている。人の人生に関わるあらゆる局面で、北朝鮮の人々は賄賂を使って不足するものを工面し生き延びてきたが、その役得で暮らす人々が異常に多い。北朝鮮で食糧生産や人口が水増しになる理由もここにある。
北朝鮮の食糧生産では、肝心の計量がいい加減である。というより、まともに計量してはノルマが達成できない。しかし、賄賂を使えばノルマは達成できる。そのような水増し数値が積み重ねられて全国の食糧統計が作られている。
水増し数値であっても、見かけの生産量が多いほど、特権階級の取り分が多くなる。それだけ収穫があったのならと、みかけの生産量を前提に特権階級に配給がなされるからである。水増しの方が特権階級に有利なのである。そして、特権階級が持つ余剰食糧が、闇市の価格を左右する。近年は特に、中国の「太子党」のような超高級幹部の子弟たちが、食糧を大量に保有し、食糧を不足させ、高値で売り抜けるのである。それによってさらに特権階級は有利になる。
その他、特権階級は食糧に近い職場に優先的に配置され、食糧を抜き取ることもできるし、一族を食堂等、食糧の役得に近い職場に配置することもできる。
人口の水増しも同じである。筆者は、第1回の「1993年人口調査」が既に虚偽の数値と見ているが、それぞれの地域の管理責任者は、飢餓の時期でも一定の人口があるように装わなければ、何らかの管理責任を問われかねない。そこで、死者も生者に統計されていると考えてきた。またその方が、死者の分の食糧を横取りできる。
「最近、北朝鮮の一部の地域で餓死者が発生していることと関連し、朝鮮労働党の中央党が市場の統制を撤回し、餓死者が発生した場合、餓死者が所属している該当機関の関係者も処罰するという指示を下したと伝えられた」(「デーリーNK 」2008.05.29)という報告もある。