救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

「寺越事件50年、今何をすべきか 東京特別集会」全記録



◆「よく生きて帰ってきたね」嶋崎譲元社会党代議士

 そこで、文雄さんが家族の思い、そして自分の無念な思いをしっかりと語っておられますので、是非これをご覧いただきたいと思います。
 また、ビデオの中では、色んなエピソードが語られています。一つだけ注意して見ていただきたいことがあります。実は友枝さんの最初の訪朝(1987年)は、当時の社会党の代議士の嶋崎譲という人が手配をし、先導しました。
 そして、嶋崎譲という人は、自分の手柄を誇るかのように、「再会」という冊子まで作って配布するということもしています。嶋崎譲は、これは「救助」ではないということを分かっていたと思います。
 私は、嶋崎譲は寺越事件の主犯と言ってもおかしくないと思います。実は、武志さん会いたさあまりの気持から、2回目の訪朝を友枝さんが行った時に、この訪朝は嶋崎譲ルートを使わずに地元の朝鮮総連等を通じて単独で北朝鮮に飛んでいます。
 そして帰ってきた時に、寺越家の方々が一堂に会して帰国の報告を得た時に、この嶋崎譲は、開口一番、「よく生きて帰ってきたね」と言ったそうです。その言葉を文雄さんは聞いて、「本当にゾーッとした。これはとんでもない所や」と。
 以降、向こうから届く厖大な手紙、外雄さんの奥さん、子どもさんの明心さんからの手紙の中には、ほとんどといっていい程、「伯父さん伯母さん、早く北朝鮮を訪ねてください。私たちはずっと伯父さん伯母さんを待っています」と書いているんだけども、絶対に行くことはできないと。
 床屋さんを経営し家族を養っている文雄さんとしては、「申し訳ないけど北朝鮮には行けない。ちゃんと国交が回復し、帰ってこられる保証がない限り北朝鮮に渡ることはできない」と、そういう葛藤をされています。

 もう嶋崎譲も死んでしまいましたが、嶋崎譲という人間の一つの側面を語る部分が、このビデオに出てきます。是非ご注目いただきたいと思います。


  
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