「よど号犯による拉致事件を考える 東京連続集会73」全記録
◆「日朝関係は軽々しく動かすな。拉致問題は深刻」と警察が海部総理に
西岡 今のお話を裏付ける情報を、私は一つ持っています。金丸訪朝の時、総理大臣は海部さんだったんです。2002年に、ある席で海部総理と一緒になって、海部総理を初めとする何人かの国会議員の人に、拉致問題のブリーフィングをしたことがあるんです。
当時、保守党という政党があり、小池百合子さんも保守党にいて、小池さんから話をしてくれと頼まれて行ったんですが、始まる前に海部総理とお茶を飲んでいたんです。まだ小泉訪朝の前ですが、拉致が議題なので、海部元総理が「私は拉致問題は詳しいんです」と向こうからおっしゃったんです。
「総理それはどういうことですか」と私が質問したら、「金丸訪朝の時に自分は総理だった。警察が自分のところに来て、『日朝関係は軽々しく動かさないでください。拉致問題は深刻です』と言われたんだ」と直接海部さんから聞きました。
他の人もいるのでそれ以上詳しいことは聞きませんでしたが、心の中で「何だこの野郎」と思ったのです。なぜなら、海部さんは当時、金丸さんに自分の手紙を預けたんです。書簡を。総理としてではなく、自民党総裁として。その書簡の中に拉致問題は書いてないんです。警察からブリーフィングを受けて、拉致が深刻だということを聞いていたと言ったのに、総理大臣の頭に拉致が入っていたのに、そしてそのことを金日成に直接伝える手紙という手段があったのに、書かなかったんです。
87年、88年は拉致のことが集中的に明らかになった年です。87年に寺越さんから手紙が来ました。88年に石岡さんから手紙が来ました。また87年に大韓機事件があり、その後金賢姫が自白し、88年3月に梶山(静六)答弁がありました。国会で拉致を認める答弁があったわけです。
その2年後に金丸訪朝があったわけですが、総理大臣は聞いていたのに取り上げなかった。曽我ひとみさんは平壌で、金丸さんが来たのをテレビで見たそうです。「日本の政治家が来たんだから、私のことが議題になっている筈だと心の中で期待していました」と言っていました。多分恵子さんもそうじゃないかと思います。
しかし、取り上げなかったわけです。それで90年末に、警察がこういう写真があるとか、手紙が来ているということをリークしたのではないかという先ほどの嘉代子さんの話は、私も全くそうだと思います。
一つ聞きたいんですが、コペンハーゲンの空港での写真がありますよね。あれはいつ見せられたんですか。
有本嘉代子 あれはキム・ユーチョルが一緒に写っていたそうです。私たちに持ってきたのは恵子だけの写真でした。持ってきたのは1995年です。
西岡 ずいぶん後ですね。一目見て恵子さんだと分かりましたか。
有本嘉代子 分かりました。北朝鮮に入った時点の写真で不安そうな顔をしていました。格好の悪い服を来て、恵子のことを色々書いたところに張ってあったと思います。写真は、コペンハーゲンを経つ時と、髪の形が一緒なんですが、前髪がかなり伸びていました。2センチくらいです。眉毛に触れるくらいになっていましたから、あれは入ってすぐ撮られた写真だなと思いました。
西岡 今おっしゃったのは、北朝鮮から提供された写真のことですね。悲しい顔をしていた。髪を切ってなかったから数か月後ということですね。ありがとうございました(拍手)。
では斉藤文代さん、松木信宏さんお願いします。