「アメリカから見た拉致問題?東京連続集会74」全記録
◆日本は「言霊(ことだま)」の世界、最悪の場合を口にしない
古森 2点ほど追加させてください。アッシャーさんが先頭に立って実行したバンコ・デルタ・アジア(BDA)の口座の凍結ですが、その根拠となるのは9.11の同時中枢テロの後にできた愛国者法という一種の有事法制のような特別な法律です。
平時に比べて過激なことができるということで、私も最近、彼と長く話して、その説明を聞きました。アッシャーさんは非常に論客で、いっぺん話し始めると止まらなくなってしまう。そしてすごく早口でしゃべる人で、頭の回転がいかにも速いという感じです。
私が理解した範囲では、BDAの凍結が効いたのは、北朝鮮関連の口座の凍結だけではなくて、BDAと取引をしていた他の企業や金融機関に対してもアメリカの金融機関は取引をやめるようにさせる拘束力があったからだそうです。
日本のこれまでの制裁ではそれはできていないだろう、と彼は述べていました。足利銀行とか一つの銀行だけならまだしも、そことかかわりを持ついっさいの関係機関まで追いかける形で口座を閉めてしまう、取引停止にする。そうすれば一番いいんじゃないか、と彼は言っていました。
島田さんがおっしゃったように、アメリカは一枚岩ではない。強硬派とか軟弱派とかいろいろあるというお話しでしたが、いまもそうです。ついこの6月にも北朝鮮に対するきわめて強硬な意見が表明されました。民主党のクリントン政権の時、94年に北朝鮮の核開発が表面に出てアメリカと北朝鮮の合意ができたんですが、結果としてまったく守られない合意でした。
この時代にCIA長官をやっていたジム・ウールジーという人が、今はある研究所の幹部になっていますが、朝鮮問題について議会内での政策討論会で語ったことです。ウールジー氏は英語でいうとサージカル・ストライク(外科手術的な拠点攻撃)、一点だけを集中して攻撃することですが、これしかもうないんじゃないかと述べたのです。
彼はクリントン政権の外交政策が軟弱に過ぎるということで民主党から離れてしまった人ですが、いま民主党の国防副長官をやっているアシュトン・カーターという人が、2006、7年に、北朝鮮の核問題を解決するには拠点攻撃が消去法で残されたベストの手段だと提言したことがあります。ウールジー氏はこのカーター氏のかつての提言を引用して、同意を表明したのです。
だが、もっと遡れば、1994年に、共和党のジョン・マケインという上院議員が、最初にサージカル・ストライクと言った。しかしできない、と。というのは、「もし攻撃すれば、北朝鮮は全面戦争のつもりで反撃してくる。そうすると北朝鮮と韓国の中枢は近いから、ミサイルや大砲のボタンを押しただけでそれこそソウルがあっという間に火の海になってしまう。だからできない」と。
しかし北朝鮮に武力を使わないで核兵器を放棄させるという歴代のアメリカ政権の目標というのはもう意味がないじゃないか、もうできないんだ、というような所まで議論が行っています。だからこそまたウールジー氏というような責任ある政府高官だった人物までが、また出発点にもどって、武力解決を提案したのでしょう。このようにアメリカの対応策というのはいつも幅が広いのです。
アメリカの場合、「もしこうなったら」という最悪を想定しての有事の研究がすごく盛んなのですね。金正恩政権が倒れたらどうなるか。中国軍がそのまま入ってくるのかどうか。日本はどうするのか、などと、国防上の緊急時への対処の研究をしています。
日本では、誰かが「言霊(ことだま)の世界だ」と評していたけれども、「もしこういうことが起きたら」と言っちゃうと、本当に起きてしまうのではないかということで、最悪の場合は考えない、口にしない、という傾向があるようです。「もし朝鮮半島で戦争が起きたら」とは言ってはいけない。言っちゃいけないなら考えてもいけないということで一切、その対応の研究をしない。
その点、アメリカはものすごく詳しく、この種の有事研究をしています。その過程や結果を発表しています。だから私たちも「もし金政権が倒れた時、拉致被害者はどうなるのだ、日本の自衛隊はどうするのだ」という想定の有事研究が必要ですね。しかしいまの状況ではなにもできないようです。それでいいのかということです。
いずれにせよ、アメリカの中でもまだまだ多様な意見や提案があるのだということは知っておくべきだと思います。