「すべての拉致被害者を救出するぞ! 国民大集会」全記録
◆35年前の夏に何が起きていたか
西岡総理の決意を聞き、担当大臣の報告を聞くことができました。今日の集会のもう一つの目玉は、35年前の夏に何が起きていたか、ということです。資料映像を準備しました。どうぞご覧になりながら話を聞いてください。
西岡今から35年前、1978年の夏に多くの日本人が拉致されました。政府認定17人のうち10人が、6月から8月にかけて拉致され、8月には袋に入れられたまま逃げ出した拉致未遂事件も起きました。拉致は全世界で起きていますが、1978年には日本以外でも10か国29人が拉致されています。
一体、あの時、何が起きていたのか。帰国した被害者の証言と現地調査から、ジャーナリストで救う会拉致の全貌プロジェクト委員、特定失踪者問題調査会理事の惠谷治さんとともに検証していきます。惠谷さん宜しくお願いいたします。
惠谷どうぞ宜しくお願い致します(拍手)。
西岡拉致には3類型があることがこれまでの調査で明らかになってきました。遭遇拉致、人定拉致、条件拉致です。
惠谷遭遇拉致は、北朝鮮の工作員が日本に潜入して、あるいは潜入中に目撃された場合、その人を証拠隠滅、秘密維持のために予定外で拉致するパターンです。その典型的なものは、1963年、石川県で寺越さん3人が拉致された事件があります。
人定拉致の人定というのは、事前に調査を行って拉致対象者を絞り込み、決定し、その対象者を海岸、あるいは国外におびき出して拉致をする。1987年の場合は、田中実さん、田口八重子さん。この方々は事前に調査されて特定されたケースです。
条件拉致の条件というのは、もともと計画され、指令が出る場合に、例えば若い女性とか、若いカップルという条件を与え、人物は特定しない。その任務を負って日本に潜入する。そこで条件に見合う対象者を探して、暴力的に拉致をして連れ去るケースです。