非主体的農業で北朝鮮の食糧は常に不足
?.国連機関の報告は水増し?北朝鮮の食糧生産
1.米は10a当たり180kg程度
「レポート2012」は、2012年11月12日、北朝鮮の2012/13年度の農地面積、反収、穀物生産量を以下のように報告した。
「レポート2012」によると、2012/13年度は、米が11%、メイズが10%増加し、昨年と比較して、26.5万トン増で、1995年以降最高の生産量と報告された。
しかし、2012年の北朝鮮では、4月26日以降の田植えや畑作物の植え付け時期に70日間日照りが続き、苗が枯れて再植え付けが必要になっている。韓国では、「統一部当局者は4日、干ばつと集中豪雨、台風などで北朝鮮の穀物収穫量が例年より60万トンほど減る」と予想していた(「連合通信」2012.09.04)。
中国メディアは、「北朝鮮南西部、60年ぶり大旱魃で農作物の収穫は絶望的」と伝えた。「黄海北道ではトウモロコシ畑の15%が極度の水不足となっており、そのうちの約2000ヘクタールは種をまいても発芽しないか、発芽してもすぐに枯れてしまい、他の小麦や大麦、ジャガイモなどの作物も収穫は絶望視されている」(「中国新聞社」2012.06.18)。
以下にまず韓国の米の生産量を見てみたい。
この年、韓国の米の反収はほぼ日本並みで、台風の影響があったにも関わらず玄米で約5.08t/haを収穫した。韓国も日本と同じように食の多様化により、米の生産量が急激に減少している。韓国も減反政策で耕地面積が減少している。
韓国の統計庁は2012年11月19日、今年の米の生産量は400.6万トンと発表した。これは精米重ではあるが、完全な精米ではなく市場に出る前の92.9%精米(玄米に対する割合)で、市場に出す場合には90.4%の精米にする。これを元に上記の表を作成した。反収は普通玄米で表記するが、北朝鮮と比較する意味であえて精米の反収で比較すると、韓国の4.59t/haに対し、北朝鮮は3.1 t/haとなる。北朝鮮の反収は韓国に対し約2/3強となるが、以下に説明するように実際の生産量は3.1 t/haよりはるかに少ないのである。
ちなみに、2012年の日本の米の生産量は851.9万トン、面積は157.8万ha、反収は玄米で5.4t/haであった。これは北朝鮮同様精米規準にすると4.86t/haになる。この年北朝鮮の米の反収は精米で3.1t/haと報告されたので、日本の約64%程度とれたことになる。
◆日本で栽培した北朝鮮米の生産量
以下に、まず北朝鮮の米について、「レポート2012」を元に見てみたい。
筆者の知人が北朝鮮から持ち帰った米の種籾を、新潟県農業試験場で育てた結果が「This is 読売」(1998年8月号)に掲載されたことがある。この時期、1995年から1999年まで、筆者は毎年北朝鮮を訪問し、その都度各地の田畑を見てきた。
気温が低く、降水量が少なく、肥料・農薬が不十分で、土壌が劣化し、品種改良がなされておらず、水管理ができない北朝鮮とは違い、日本の最高の条件下で育てたにも関わらず、北朝鮮の品種「統一」は、日本の平均収量の半分しか収穫できなかった。
日本の最高の条件下で半分しか取れない品種を、北朝鮮の厳しい条件下で栽培すれば日本の平均収量の半分以下、おそらく1/3程度であることは間違いなく、筆者は、北朝鮮の米は10a(1反)当たり180kg(3俵)程度と見ている。
ところが、「レポート2012」では、56.3万haの水田から籾付で268.1万トン生産したと報告した。玄米なら214万トン程度になる。従って反収は3.8t/haにもなる。日本の近年の反収は5.1 t/haくらいだが、平成24年度は若干成績がよく5.4 t/ha。日本の平年の約75%程度の収量という報告は、これを見ただけでおかしいと思うのが普通であろう。しかし、国連機関は、北朝鮮の報告をほぼそのまま採用した。
ノルマの達成が求められる北朝鮮では、金日成時代から収穫量を高めに報告せざるをえない仕組があるが、国連機関は政治的なことには関与しないという原則から、そのまま受け入れたのであろう。
また北朝鮮については、国連機関に米の専門家がいないことも、報告の間違いを訂正できなかった原因であろう。なお、WFPは2011年5月になって、「常駐職員59人のうち、12人は韓国語が可能で、職員の6割以上を現場監視業務に配置する」と伝えた(「VOA 」2011.05.03)が、韓国語を話せるスタッフの同行は初めてとのことである(「レポート2011」)。韓国語がj話せる職員については北朝鮮がこれまで拒否してきたことでもあるが、同時にコメの専門家を加えるべきである。
国連機関は北朝鮮の水田で坪刈りをしているから正しいと思う人もいるだろうが、そこに大きな問題がある。筆者も北朝鮮の水田で1?が囲われているのを見たことがある。これは収穫時期に、収量を計算するためであるが、北朝鮮の米の品種は既に述べた通り品種改良がなされておらず、見かけより収量が少ない。
先に紹介した日本で育てた「統一」は、見た目はすくすく成長しているように見えたが、盛んに枝分かれしてむだな養分を吸い取っていた。葉は3倍もあるのに穂の数は日本と同じ。しかも、30%はきちんとしたコメになっていない。また、精米する時、粒が割れない割合が70%で、30%もロスが出る。コメにひびが入っており、米粒が割れて吹き飛んでしまう品種である。またすべての稲にいもち病が発生した。この報告だけで見ても、日本の半分も穫れないことが分かる。
「朝鮮日報」は、「北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋は『表面的にはよく実ったように見えても、中に実が入っていないものが多いという話をよく耳にする』と語った」という証言を紹介している(2011.02.25)。
要するに見た目ほど実りがなく、籾の重さを計測しても食用にならないものが多く含まれているのである。というより、国連機関の坪刈りは、本当に計測したのかさえ疑われるものなのである。
以下に米の収穫量について具体的に検討する。
◆一人当たり生産量
まず、「レポート2012」によると、2012/13年度の米の生産量は精米重で176.9万トンと報告された(表8)。日本では脱穀した籾付き米を、玄米にし、精米にする過程で重量が72%程度になるが、国連機関は従来籾付きに対する精米値は65%としてきた。ところが、「レポート2012」から66%に変更した。これにより、収穫量が約2.6万トン多く計算された。
米の生産量の内、種子用等を除いた食糧用を人民一人当たりで見ると、58.6kgになる(表9)。日本人一人当たり54.5kgより多い。さらに実際の人口が300万人少ない場合、66.7kgにもなり、日本人一人当たりより12kg以上多くなる。
ただし、北朝鮮では、収穫後に様々なロスが発生し、米では15%がロスになると報告されており(表11)、15%が正しく、かつ人口が2470万人であれば、一人当たりの生産量は49.8kgになる。人口が300万人少ないとすれば56.7 kgになり、これでも日本人一人当たりの生産量より多い。
北朝鮮では米を食べ残すことはほとんどないだろうが、日本では全食糧の食べ残しだけで約2,000万トンになり実際の消費量はさらに減る。つまり、日本人よりかなり多く北朝鮮の人々が米を食べているという報告なのである。
以上見たように、一人当たり生産量を見ただけで、国連機関の専門家は自らの報告はおかしいと思わなければならないだろう。何百万トン生産したという記事では実態は分かりにくく、一人当たりで見ることが必要である。
ちなみに、韓国の食べ残し量が北朝鮮の生産量に近い約400万トンであるのも皮肉な符合である。
北朝鮮では、「米はほとんど食べられない」、「米を食べたい」、「米を援助してほしい」という声が毎年多く聞かれる。「レポート2012」の生産量が事実であれば、上記のような声が各地で聞かれることはないだろう。
金日成も金正日も、「米のご飯と肉のスープ」を公約したが、未だに実現できていない。金正恩も、後継者に内定後、「白米を食べ、肉のスープを飲み、絹の服を着て、瓦屋根の家に住む」ことを目標とすることに言及したが、何も改善されていない。
「レポート2012」の生産量報告が事実とはとうてい思えない。つまり、報告は水増しなのである。
表9を見ても、一人当たり穀物生産量は日本人の111.2kgと比べ、北朝鮮の199.3kgはかなり多い。日本では食の多様化で穀物消費量が減ったが、日本人よりはるかに多くの穀物を食べているのなら餓死がおきるはずもない。まさに水増しデータなのである。
「レポート2012」の報告は、2割の特権層が毎食米を食べても、8割の一般住民にも相当程度回せる量である。「米はほとんど食べられない」というような現地人民や脱北者の報告とこの数値は大きな差がある。北朝鮮が関係国に食糧支援を毎年要請している現状から見てもおかしな数値である。ということは、実際の生産量は、国連機関の統計よりはるかに少ないということである。また、米を日本人と同じくらいまたはそれ以上食べているのなら、肉類や野菜を除くその他の食糧が米の1.8倍程度(「レポート2012」)あるのだから餓死者が出る筈もない。
北朝鮮の高位の脱北者で詩人でもある張真晟氏の詩集、『わたしの娘を100ウォンで売ります』にはこう書かれている。
わたしたちは ご飯を 食べる
とうもろこしの 何粒かでも あれば わたしたちは 言う 食事にしようと
えぐい 木の皮を 噛みながらも わたしたちは思う ご飯を 食べたと
塩を 入れた 真水 一気に 飲んで それすらも ご飯と 言う
ご飯 その 言葉さえ なかったら 食べたと 言うことも なくなるだろうに
ご飯と言えば
ご飯と言えば 緑の 草粥だと 思い込んでいた こども
誕生日に 白い米の ご飯を出したら いやだと ダダを こねる
ご飯を くれと わたしの胸 かきむしる
この北朝鮮人の声と国連機関の報告はあまりに食い違う。どちらが正しいかと言えば、筆者は何粒かのとうもろこしをご飯と言っていた張真晟氏の報告(北朝鮮で友人から直接聞いた話)が真実だと思う。
次に、北朝鮮の水稲の生産条件について具体的に見るとともに、水増しの根拠を示したい。
◆日照時間が短く、気温が低い
まず北朝鮮の米づくりの環境について具体的に見ていきたい。米は高温を好み、大量の水が必要だが、北朝鮮は日照が少なく、平均気温が低く、雨が少ない国である。このことだけで米の生産量が大きく減少する大きな要因になる。
韓国の「連合通信」(2012.01.27)によると、韓国の気象庁がこの日、「北朝鮮気象30年報」を発表し、北朝鮮は年平均気温が8.5度で韓国より4度低いと発表した。この平均気温に対しては、耐寒性のある稲に品種改良しなかればならないが、北朝鮮の品種は未だに改良されていない。
また最も暑い8月の平均気温は22.6度でしかない。年間降水量は919.7ミリしかない。
なお、韓国に近い福岡県の年間平均気温は16.8度で北朝鮮より8.3度高く、8月の平均気温は30.8度、年間降水量は1632.4ミリである。
また、日本では品種改良の結果、米が4か月程度で収穫できるが、北朝鮮は日照時間が少ないため米を収穫するまでに5か月から6か月かかる。この基本的な条件の違いだけで日本と比べ約75%もの収穫が得られるはずがない。
◆品種改良が見られない
次に、米の品種について見てみたい。
先述したように、北朝鮮の種籾を日本で育てたところ、すべての株でいもち病が発生するなど品種改良がなされていなかった。
また、筆者の知人たちが日本から、寒冷地で短期で収穫できる品種改良された日本の種籾を北朝鮮に持ち込んだことがある。しかし北朝鮮の稲研究所は、それを増やして活用することができなかった。おそらく新たな品種を受け入れても、その全量を種籾にしたくとも、収穫物のかなりの部分を空腹のあまり食べてしてしまったのではないかと思われる。
さらに、北朝鮮の品種と完全に隔離した状態で日本の品種を栽培しなければ、北朝鮮の品種と自然高配して品質が年々劣化してしまう。北朝鮮の現在の体制では、新たな品種を持ち込んでも、それを利用できる状況にないのである。
◆肥料が不足
北朝鮮が国連機関に報告した2010?2012年度の施肥量は以下の通り。
国連機関は、2011年度に減少した燐酸とカリ肥料が、2012年に増加したことが生産量増加の一因としている。
北朝鮮では、肥料や農薬が常に不足してきた。かつて韓国から毎年30万トン程度支援を受けていた時点で、支援分を含めても肥料は需要の3分の1程度しかなかった。その韓国からの支援は2008年以降、今も途絶えたままである。
例えば窒素肥料の生産には莫大な電気が必要となるが、北朝鮮は現在化学肥料をほとんど生産しておらず、需要に対し自給量が極めて少ない。金正日・盧武鉉政権時代に、毎年肥料30万トン程度が支援されてきたが、それが途切れてからは、必要量のごく一部を輸入しているだけで、それも窒素肥料に依存し、カリやリン酸肥料が非常に少なかった。2011年だけは、窒素肥料を約55万トン輸入したことにより前年比約50%肥料が増加したが、燐酸は半減、カリ肥料は3分の1に減少した。「長年にわたり、肥料の国内生産量は約10%の水準」(「レポート2012」)に止まっている。
「朝鮮日報」記事(2011.02.25)は、「肥料さえあれば、単位面積当たりの生産量は1.5倍にまで増える」と述べている。
北朝鮮の肥料工場は元々日本時代の工場を引き継いだもので、また新たに建てられた工場は1960年代のもので既に時代遅れとなっていた。さらに、韓国に化学肥料を依存していた期間に、北朝鮮の肥料工場は生物・化学兵器製造工場に転換していたと考えられる。今も、沙里院カリ肥料連合企業所、興南肥料連合企業所、順川ビナロン連合企業所肥料工場などは化学兵器を製造している。そして、肥料をほとんど生産しなくなった後、韓国からの支援が途絶え、肥料生産を再開できなくなっていると考えられる。ヘーゲル米国防長官は、「北朝鮮はおびただしい量の化学兵器を保有している」と述べた(「連合通信」2013.09.05)
なお、興南肥料連合企業所は、1212年度にプラントを改修し、石灰の増産を開始した。石灰は酸性土壌の改良に使われるもので、肥料というよりは土壌改良剤であるが、石灰は第4の肥料と言われるくらい重要である。まず土壌改良をしないと生産性が上がらないからである。国連機関の報告では、窒素肥料をより多く使用してきたため、北朝鮮の農場では酸性化が進み、だいたいph4.5?5.5になっていると報告している。しかし、運搬手段であるトラクターや石油の不足で肥料を輸送できなくなっていたが、近年やや改善されてきたと報告している。ということは、少ない肥料ですら運搬できないことがあり、生産が上がらない原因になっているということである。
興南肥料連合企業所は、元は日本時代の日窒コンツェルンの朝鮮窒素肥料であり、ダム・発電所建設が先行し、その電力で窒素肥料である硫安を製造していた。北朝鮮の肥料工場はすべて日本時代の古い工場を使い続けてきたが性能が劣化し、電力も確保できなくなっていた。その結果、興南肥料連合企業所のプラント改修が始まったと考えられる。
なお、過燐酸石灰からは燐酸もとれる。日照時間不足の北朝鮮に効果が高いカリウムはセメント工場の廃棄物である硫酸カリウムから生産しているようで、2012年度にかなり国産が増えたという。この燐酸とカリが増えたことで、国連機関は生産量が増えた原因の一つとしている。しかし、大幅な不足が続いているのは変わりがない。
現時点では、肥料不足を補うために人糞の収集を全人民の義務とし、大々的な人糞収集運動が行われており、人民は堆肥作りのために厳しい労力提供を強制されている。
UNFPAは、人口調査とともに、「住宅、障害、教育、移住、経済活動など」についても調査したとして、食糧生産にも関わる興味深い結果を報告している。
「2008人口調査」報告では、「水洗トイレの普及率58.3%」等と北朝鮮当局の報告をそのまま引用している(「読売新聞」22.02.27)が、全人民が人糞の義務量を確保しようと必死になっているというのに、「水洗トイレの普及率58.3%」というのは到底信じられない。水洗トイレの普及率は都市で66.3%、農村で45.9%となっているが、まったくでたらめな報告で、「住宅、障害、教育、移住、経済活動など」についての調査なるものは適当な数字を当てはめただけの報告であろう。
◆燃料は練炭、微量元素が少ない水、そして水増し
また「2008人口調査」報告では、「暖房では木材依存が45.1%、料理で木材依存が46.9%」(「読売新聞」22.02.27)と報告された。これもありえない数値である。北朝鮮は岩の上に築かれたような国で、下流の沖積平野は別として、傾斜地では土が岩の上に1cm程度乗っているだけの所が多い。
北部の一部高山地域を除き、全土に300m程度の岩山が連なり、その谷間に川と道路があり、両脇に水田が2、3枚、それより上は傾斜地で、傾斜16度(かつては15度)まで畑作が許されるが、それより上には木がほとんどない。今にも転げ落ちそうな大小の岩が傾斜地に留まっているのが見える。山の稜線も木がないのではっきり見える。そのような国で、暖房や料理の木材依存度が5割弱もあるとは到底思えない。
実際には、16度以上でも隠し畑が多く見られ、北朝鮮の山腹には縦横の筋が見える。縦筋は水が流れた跡、横筋は隠し畑の土止めの跡である。また、木がある山でも直径15cm以上の木はほとんどない。土が浅いからである。
収穫した稲の乾燥に必要な稲架(はさ)は、木がないためにほとんど使用されていない。というより、乾燥すると重量が減り、ノルマが達成されないので、稲架などとんでもないということになる。これは事実上の水増しである。不十分な乾燥では、倉庫で米が蒸れたり変質して、すぐにカビがはえたり、変色したり、虫がつく等の様々な問題が発生する。そして、実際の収穫量がさらに減少する。
収穫した籾には、20?30%の水分があり、非常に変質しやすいので、すみやかに乾燥する必要がある。日本では乾燥後の玄米水分は14.5%?16%が適正値であるが、北朝鮮では収穫後に運搬用のトラクターまたはトラックがすぐ来ないため、稲束は湿り気のある田んぼの土の上に長く放置される場合が多い。燃料不足でトラクターなどがすぐには取りに来ないからである。筆者は泥をかぶった籾が発芽したのを見たことがある。
現地で聞いたところ、「収穫後すぐに乾燥しなくても、倉庫で自然に乾燥するので問題はない」とのことであったが、これは計量に問題があることを意味している。
不十分な乾燥などで収量が水増しされることも、実際の収穫の減少要因となる。脱穀して袋に籾を詰める際にも、籾殻や砂を混ぜ、収量を増やしている。北朝鮮の人は、日本産・韓国産の米(支援米)は食べても砂利を噛むことがなくすぐ分るという。逆に中国産には異物があり、これもすぐ分かるという。
朝鮮半島では、食糧を収奪する独裁権力への抵抗として李王朝の昔から傾斜地で隠し畑栽培が行われてきた。このような所で、どうやって木を手に入れ、暖房や料理に使えるのか不思議である。暖房や調理は練炭で行っている。
もっと重要なことは、雨水が直接降ってくる畑と違い、水田では、雨水が山の有機物を吸収し、また作物に必須の微量元素を含んだ豊かな水となって注ぎ込むから連作が可能となる。微量元素を含まない天水だけに頼る畑作では作物が一定の微量元素を吸収してしまうと連作はできないため、輪作や休耕地とするものである。
だからこそ稲は世界唯一の連作可能な作物なのである。しかし、それも条件による。北朝鮮の山にはほとんど木がなく、傾斜地には土が少ない。従って北朝鮮の水田に流れてくる水には稲作に必要な微量元素や有機物が少ない。このような特殊な条件では、米(玄米)の反収3.8t/haなど絶対に不可能である。
◆農業資材が不足
さらに、農業資材、収穫機械、運搬手段、保管手段が劣悪で、せっかく収穫してもロスが大量に出る。
北朝鮮では田植えや稲刈りが地域ごとに一斉に行われる。そのため軍人を初め、学生・生徒・地域住民が大動員される。しかし、同じ地域の米でも、田植えや稲刈りには適期があるが、北朝鮮では無視されてきた。米は稲刈りの時期で味が変わるが、北朝鮮では稲刈りを一斉に行わざるをえず、適期より早すぎたり、遅すぎたりする場合がある。
早すぎると未熟粒の割合が増え、収穫量が少なくなる。遅すぎると、重量は増えるが、熟しすぎた米粒は米の中心付近に横方向のヒビが入る胴割れをおこし、味が低下する。もともと北朝鮮の米の品種は胴割れしやすい品種なので、その割合がされに増え、破砕米になりやすく、結局収量が減るのである。
結局北朝鮮の人民は味の落ちる米しか食べられない。それでも米を食べたいと望みながらほとんど食べられないのが現状である。
既に述べたが、北朝鮮では各分担で義務を果せばあとはどうなろうと関心がない。ノルマが義務付けられた国では食糧の品質が低下するのである。
北朝鮮はガソリン不足のため1998年までは煙を出しながら走る木材燃料のトラクターを見たことがあるが、1999年にはそれもほとんど見えなくなった。北朝鮮では自動車がほとんど走っていない。高速道路と称する道路は日本の普通の地面の上の道路で、4分に1台しか対向車が来ない。従って前も後ろも1台も見えないことが多い。北朝鮮ではガソリンスタンドもない。ガソリンはそれぞれの企業所ごとに配給されている。
2000年以降は見ていないが、トラクター事情がそれほど改善したとも思えない。「レポート2012」では、やや改善したが不十分と認めている。稲刈り後の米も、なるべく早く運搬しないとロスになるが、北朝鮮では輸送にも様々な問題がある。結局、トラクターの不足分は牛に頼っているのだろうが、牛では運搬能力に限界がある。
◆収穫後ロス
脱穀した後の籾すり・精米の過程で、一部の未熟米等が粉となって吹き飛んだり、米粒がこわれて破砕米になる。また精米の時点でもロスが出る。国連機関は米の加工ロス等を約7%(2012年から6%に変更)と見て、その理由を「機械の劣化等」としてきた。それも要因であろうが、北朝鮮の米は胴割れしやすいという品種的な減少要因を見落としていると思われる。
実際に国連機関は、「収穫後ロスの調査はできていない」と報告している。「収穫後ロスのレベルは2?30%の幅で見積もりが異なり、長い間の問題である。残念ながら問題を解決するための量的な調査は未だに行われていない。放置、移動、脱穀機の劣化と電気不足でよくある脱穀の遅れ、貯蔵ロスがある」、「収穫後ロスは暫定値として、米・メイズは貯蔵期間が長いこともあり15%とし、麦類・雑穀・じゃが芋は10%」としている(「レポート2010」)。
なお、脱穀ロス等7%は「レポート2012」から6%になぜか変更された。加工の過程でロスが相当の量で発生しており、7%程度よりはるかにロスが多いと考えられるのに実態を本当に見ているのか疑われる。また既に述べたが、米に含まれる水分で乾燥しないと品質が劣化するため、乾燥した分だけ重量が減るがそのことも無視している。
破砕米については、本来、玄米にしたときに選別し取り除くものだが、それでは減収になるので北朝鮮では除去していない(『どん底の共和国』李佑泓著)。
日本では、比重約1.06の塩水に浸し、沈んだ籾だけを食用とし、浮いた籾は屑籾とする。また、玄米は網目1.7mmのふるいにかけ、網上に残った玄米のみを食料とする。さらに、残った玄米の千粒の重さを量る。玄米の水分量によって重さが変わるので水分計で水分をはかり、15%水分に換算するが、北朝鮮では文字通り水増しがなければノルマが達成されないので、こんな配慮もできない。ふるいにかければ収量が低下するからである。国連機関には米の専門家がいないため、このようなプロセスを経て食用の米が作られることは理解していないと思われる。
さらに、収穫直前に田んぼを襲う窃盗犯も多く、空腹の軍人までが窃盗をしていると報告されている。そのため、水田には必ず見張り小屋がある。これは誰かが食べてはいるのだからロスとはいえないロスである。
国連報告は、北朝鮮では運搬、加工、貯蔵の過程で収穫後ロスが発生するとしており、2012/13年度は66.3万トンと報告している。表11の全需要の中にこのロスが含まれている。
国連機関の収穫後ロス等の報告も、各年度で様々である。ロスの発生は天候などの要因により年毎に異なると断ってはいるが、3年間調査を拒否された後の2008年などは、いかにも北朝鮮に迎合的な報告を行い収穫後ロスを5.3%増やした。また、2008年には加工用、食堂用の需要まで計上し、北朝鮮におもねっている。北朝鮮の要請をそのまま受け入れたということであろう。以後、収穫後ロスの割合は減らしたが、全体の数値を増やす方式はその後も踏襲している。
この収穫後ロスの割合が増えれば増えるほど、需要に対する不足量が多くなり、その分国際社会に多めにアピールできることになる。また、2010年度からは年度末に在庫が必要としている。これも不足量のアピールに有効となる。目立たない項目ではあるが、収穫後ロスの割合もさじ加減の手段になっているのである。
なお、「国連食糧農業機関(FAO)は昨年、北朝鮮の食糧不足量を約50万トンと予想したが、今年2月これを65万7000トンに増やした」(「東亜日報」2013.05.30)。また、北朝鮮は30万トンを輸入する予定であったが、実際には376,431トンを輸入した。「95年以降最高の収穫」とされたのに中国からの穀物輸入を増やしたのである。「レポート2012」が正しければ、純不足は約28万トンになる。
◆貯蔵
貯蔵にも問題がある。米は水分が低い方が貯蔵性が良くなるが、水分が高いほどおいしい米になるという矛盾があり、日本では15%以上の水分の米は、低温貯蔵することが必要とされる。北朝鮮では電気は1日2時間?数時間程度しかこないので、低温貯蔵に電気を使えない。またそもそも低温貯蔵庫が普及していない。
倉庫で乾燥しすぎても問題が起きる。14%以下に自然乾燥すると、炊飯前の浸水時にヒビ割れを起こし、炊飯する時にデンプンが糊となって浮き出るため、食味が悪くなる。電気が不足する北朝鮮では水分管理は不可能である。
倉庫では、非合法なロスも発生しているという。頭の黒いネズミが役得として盗むケースもあるようだ。これもロスとはいえないロスである。
◆密植(種子)
北朝鮮では種子の使用でも事実上のロスが出ている。2012年の種子の必要量は米で5.6万トン、メイズで6.5万トンとしているが、北朝鮮では米もメイズも3倍密植されていて、種子も3倍必要になる。日本の農協関係者が密植の問題を指摘し、北朝鮮の管理担当者が一部の農場で試験的に日本と同程度の密度で栽培した結果、「収穫は変わらなかった」と胸を張って報告したという笑えない話がある。
密植しなければ3分の2の種子は食用に回せるが、金日成が決めた「主体農業」は、主体的に変えることが難しい。これもロスの一種である。
密植は旧ソ連式のミチューリン農法を継続しているからで、筆者は密植栽培の専門家という北朝鮮の農政局長から聞き取りをしたことがあるが、安易に変えるのは難しそうな回答であった。
以上、様々な観点から北朝鮮の米について見てきたが、すべてがかなり大きな減少要因で、北朝鮮の米の収穫量は国連機関や韓国政府の公表値ほどの収穫はないとしか思えない。
◆「主体農業」による食糧不足
「レポート2012」によれば、北朝鮮の年間一人当たり食料生産量は、種子、飼料、加工用を含め一人当たり199.3kg、つまり約200kgで、食料需要は一人当たり174kgなので、食糧需要は十分満たしているが、種子、飼料、収穫後ロスの計99.3万トン(一人当たり40.2kg)を含めると一人当たり需要の220kgに対し約20kg不足することになる。(表9)。
北朝鮮の2012/13年度の食糧生産で最大の不足要因は収穫後ロスである。つまり、北朝鮮が収穫後の食糧を十分に管理できないので、その分を支援してほしいという要請だったのである。主体農業という非主体的農業では、ノルマさえ達成すればあとは食糧がどうなろうと無関心になる。脱穀機、精米機は古くて品質が悪く、貯蔵の管理が悪く、時には頭の黒いネズミが穀物を抜き取り、さらに多目の生産量を前提に特権層や軍部から順に配分すると一般人民の配給は少なくなる。従って、主体農業を放棄し、各家庭に土地を分け、自由農業にさせれば解決できる問題なのである。
また、220kgの需要の内200kgが生産されたのであれば、それほど栄養失調や餓死があるはずがない。さらに、北朝鮮から聞こえてくる人民の悲鳴とも矛盾する。連作を続け、肥料、農薬が不足し、品種改良が進まない北朝鮮で日本人より多くの米を食べているという報告は間違いとしか思えない。
他方、国連は「レポート2012」に基づき、「北朝鮮の子どもの27.9%が発育不良、4%は深刻な栄養不足で衰弱状態、280万人が栄養失調、人口の半数を超える1600万人への食料供給が慢性的に不安定」と国際社会に支援を求めた(「産経」2013.03.16)。
この報告なら「人民の声」にある程度合致する。つまり国連自身も、自らの「レポート」を信用せず、大幅な食糧不足を前提に支援を訴えているのである。
一人当たり不足量が220kg のうち20kgと1割以下しかないのであれば、国連機関は国際社会にこのような実態を報告しないだろう。
以上、米について見てきたが、国連機関の報告はとうてい信用できない。実際の反収は日本の3分の1程度、平均1.8t/ha程度であろう。
目次
※ 北朝鮮食糧問題最新事情(2015.03.26)
はじめに
?.「北朝鮮の食糧事情は安定」報告と北朝鮮から伝わる多くの悲鳴
1.北朝鮮の食糧事情は安定したのか
2.不足しているから聞こえてくる悲鳴
?.国連機関の報告は約300万人水増し?北朝鮮の人口
1.「2008年人口調査」は虚偽調査
2.おかしな報告の数々?北朝鮮人口調査
3.人口は300万人水増し
?.国連機関の報告は水増し?北朝鮮の食糧生産
1.米は10a当たり180kg程度
2.メイズは約100万トン水増し
3.国連機関の報告は毎回基準が異なる
4.飢餓を無視して核・ミサイルを開発
?.水増し統計を発表し続ける理由
1.個人独裁の責任が問われる
2.人口の水増しで国際支援を訴え
3.国連による食糧支援の問題点
4.独裁国家への「人道支援」は非人道
5.米よりご飯を(配給のモニターより消費のモニターを)
6.国連は家族農業を認めない国家には人道支援を行うな
資料: FAO/WFP「北朝鮮の穀物および食糧安全保障調査団特別報告」
1995年?2012年(英文)
資料: FAO/WFP北朝鮮食糧事情合同調査報告書2013