今ここまで言える日本人拉致の全体像ー東京連続集会91全報告
◆電波情報があったから政府は拉致認定ができた
西岡 なぜ日本政府が拉致を認定できたのか。特に1988年3月の梶山答弁で、3件のアベック失踪事件と富山の未遂事件を、「拉致の疑いが充分濃厚」と言えたのか。その理由は電波情報だと言ってきました。
拉致の時は電波にあるパターンがあるという話がありました。それは一体どういうことなのかと、恵谷さんと長いこと討論したんですが、多分Bパターンの人定拉致ではパターンがないというだろうと思います。人定拉致と工作員の回収は全く同じです。そこに電波の違いが出る要素はなにもない。
しかし、Cパターン、条件拉致の場合は、1回の作戦で浸透と回収を両方やる。浸透の時の電波のパターンと回収の時の電波のパターンがある。それが数日の間を置いて二つある。その電波と、動機のない失踪事件が重なった時に、事件の直後、警察の幹部たちは拉致の疑いが高いと思っていたわけですが、それには通常の浸透・回収とは異なる何かがあったからだと思います。
これは特に78年の夏、条件拉致が集中して起きていたことと関係があるのではないかと思っています。
恵谷 今判明している限り、78年の七夕から終戦記念日までに条件拉致が集中しています。おそらく警察庁、県警は傍受しているはずです。そうすると、入ってくる、小船は島影にいるか母船まで戻る。そして近海からの電波がある。この電波を聞いている。
脱出の時も「完了した」との電波がある。そのやりとりの会話は暗号がかかっていますから分からないわけですが、電波の発信地点と頻度によって、これは軍事的によくある手法ですが、それによって作戦の意図をつかんでいたのではないかと思います。
西岡 今日は映像を準備しています。無人島など見ていただきますが、最後に、BパターンとCパターンで海岸の様子に特徴があるのではないかと思われます。配布資料にもありますが、人定拉致で接線がある時には、砂浜ではできないのではないかということが今回分かってきました。