国際セミナー「激動する朝鮮半島情勢の下で拉致被害者救出を考える」全報告
◆国際社会における拉致事件、3つの特徴
古森義久(ジャーナリスト、麗澤大学特別教授)
私はアメリカの首都ワシントンにジャーナリストとして長年駐在して、かなり早い時期、2001年だったと思いますが、北朝鮮による日本人拉致事件の解決に向けてアメリカ側の協力を得るという活動を、舞台裏でお手伝いさせていただきました。そんな立場から拉致問題の現状についてお話をさせていただきます。
アメリカが今北朝鮮情勢をどう見ているか。その中で日本人拉致事件をどう位置付けているかについて話しますが、その前に拉致事件を巡る国際的な状況、やはり国際情勢の中で日本人拉致事件はどんな位置づけなのかについてお話させていただきます。
これに関しては、今の拉致事件をめぐる国際的状況には少なくとも3つの大きな特徴があると思います。
一番目は、今ほど国際的に日本人拉致事件が広く知られた時期はないということです。これは徐々に広まってきた認識です。こういうことは徐々に起きてくることですから、如何にこの状況が以前とは変わったか。大きな変化はなかなか認識しがたいんですが、3年前の国際社会は日本人拉致事件をどう見ていたか。
例えば中国の習近平主席が拉致事件について知っている。他の国でも、国際問題に関心を向ける当事者、政府であれ、団体、個人であれ、みんな知るようになっ。全世界が見ている。これは非常に大きな状況の特徴です。
もちろん拉致被害者の家族の皆さんが長年の汗にまみれた努力をされた結果、日本政府の活動も大きかったのですが、アメリカもそうですがそれ以上に国連が大きな対応をしてくれて、日本国民が長年拉致されたまま苦しい思いを味わっている、その人間的な悲劇が国際的に認知されるようになった。これは大きいですね。
二番目は、アメリカ外交の中で日本人拉致事件が重要な課題になったちうことです。これはトランプ大統領自身が、国連演説で拉致問題を取り上げた。「13歳のやさしい少女」という言葉を使って、その悲劇を全世界に向かって訴えた。
しかし、トランプ政権だけではなく、アメリカの超党派の議会を見ても、北朝鮮の人権弾圧という背景の中での日本人拉致、40年にも渡るこの悲劇、人道主義の観点から絶対許容できないことを追及していこう、解決させていこうということがアメリカの幹部の間に広がっています。
日本ではほとんど報道されませんが、例えば去年の9月に、下院の人権委員会で、公聴会が開かれた。トム・ラントスというアメリカ議会の中で唯一ホロコーストの犠牲者になった人で、強制収容所に入れられていた下院議員がアメリカに移民となって入ってきました。もう亡くなっていますが、その人の名前をとったトム・ラントス人権委員会が、北朝鮮の人権弾圧ということで開いたのです。
当時はそんなたくさんの関心を集めた公聴会ではなかったのですが、この時に超党派の議員とトランプ政権の代表が出てきて、「北朝鮮というのはとんでもない国なんだ」と。そしてアメリカ政府として、アメリカ議会として厳密に対処すべきと言っています。
トランプ政権も拉致問題に限らず、北朝鮮と接する時には人権という分野、核・ミサイルだけではなく人権弾圧を追及していくという姿勢が意外とあるんです。人権問題の関心が高まった主要な契機は、オットー・ワームビアというアメリカ人の青年が北朝鮮に逮捕されて、事実上殺されてしまったということがありました。これに対して大統領自身も感情に触れたコメントをしている状況があった。
ですから同盟国であり超大国であるアメリカの態度というのは、単に人間的な同情だけでなく、外交政策の一環として事件の解決をめざすと位置付けています。
三番目、やはり日本人拉致事件というのは、金正恩の命運そのものに絡んできているんです。あるいは北朝鮮という国家のこれからのあり方、命運と言ってもいいかもしれないですが、これと密接に絡むようになってきてしまった。
今の北朝鮮という国は必死です。色んな味方があって、いい所だけをとってトランプを手玉にとっているという見方もありますが、やはり私が見ていると北朝鮮は非常に追い詰められて、とにかく今の経済制裁を緩和してくれということのために、ありとあらゆる手段を使っている。
これはこれから北朝鮮という国家が、金正恩がどっちに行くか。例えば普通の国の方に行く。核も放棄して、ミサイル開発は止める、人権弾圧をやめると言った時、普通の国家になった時の北朝鮮というのは、もっとも普通ではない条件下で国家元首になっている状況がいつまで続くか、いられるかです。北朝鮮が普通の国になった時の国家崩壊の危険というのがあるわけです。
それと反対の極端なシナリオとして、核兵器は絶対に放棄しないということを北朝鮮が何らかの形で示してしまった場合。これはトランプ政権というのは、米朝関係の大転換の出発点である首脳会談、北朝鮮側はこのままでは取り残されてしまうのではないかということから会談を求めてきた。
軍事オプションというのは色々な障害がありますが、アメリカの中には厳然とあるので、北朝鮮崩壊というシナリオもあるわけです。それほど未知の要素がたくさんある金正恩政権のあり方の中で、この政権が日本人拉致事件をどう扱っていくのか。これは国のあり方自体に関わってくる。
日本がこの問題を解決しない限りは、本気で北朝鮮に前向きな姿勢はとれないということを内外に鮮明にしている。これは国際社会でも認知されている。今の政権の日本国としてのスタンスだと思います。
ですが、朝鮮半島情勢がどうなるにせよ、日本が重要なプレーヤーであることは変わりがない。その重要なプレーヤーのあり方というのは、拉致問題が解決か未解決かによって大きく左右される。そういう意味で最初に申し上げた、金正恩政権の命運と拉致事件の行方が絡み合っているということです。
そうすると、3つの国際的な環境、状況という中で見ると、やはり予知不可能、分からない。誰がどう出てくるのかが分からないという要素がものすごく強いわけです。