国際シンポジウム「北朝鮮の現状と拉致被害者の救出」全記録
西岡(司会)
張哲賢さんは、元々は北朝鮮の人です。今は、韓国の政府機関で北朝鮮分析を
しています。北朝鮮にいたときは、労働党中央の幹部でした。特に統一戦線事業
部という工作部門の幹部でした。安明進さんたちは工作員でしたが、もう少し上
の立場で、色々なことをご存知です。顔を隠すために着用しているマスクやサン
グラスはそれなりの事情があってのこととお伝えしておきます。
1-3 金正日体制の政策決定過程
張 哲賢・韓国国家安保戦略研究所先任研究員、元北朝鮮統一戦線部幹部
このシンポジウムが始まる前に、控室で横田めぐみさんのお母さんにお会いしました。初めてお会いするのですが、大変申し訳なく思いました。私に罪があるとすれば、拉致国家に生まれた罪だと思います。めぐみさんのお母さんの悲しみを見るにつけ、金正日独裁は北朝鮮の住民だけでなく、海外の住民もこのように苦しめているのだということを考えさせられ、憎しみを覚えました。
テロというのは他国を侵略して、敵を攻撃するのですが、金正日は自国民を攻撃するような格別な独裁をしています。今日のシンポジウムのテーマは拉致解決方法ですので、私はここで北朝鮮の政策決定過程についてご説明したいと思います。
◆実際の拉致の犯人は金正日
私が韓国に参りまして分かったのですが、韓国には二つの北朝鮮がありました。
一つは実際の北朝鮮、もう一つは韓国の学者たちが作り上げた仮想の北朝鮮です。私はここで、実際の北朝鮮について話します。
北朝鮮には金日成が生きていた時、二つの権力体制がありました。一つは、象徴的な金日成体制です。もう一つは、金正日による、実質的な、党組織指導部唯一独裁体制です。
金日成が、小泉首相との会談で、拉致の実行犯であるチャン・ボンリムなどを処刑したと言いましたが、実際の拉致の犯人は金正日です。北朝鮮の権力構造を見ますと、金正日は既に70年代に、「首領様(金日成)」の個人神格化事業を進めながら、実質的には党組織部を通じた唯一独裁体制を構築していったのです。
金正日の権力構造の特徴は第一に、提議書批准体制です。北朝鮮のすべての機関の人事と活動については、党組織部に提議書という書類を上げなければならない。そして組織部で批准をうけなければならない。そのようにして金正日がすべてを把握するという独裁体制を築いていったのです。この批准制度によって、金日成の主席という権力は象徴化されてきました。党組織部の第一の権力は、金正日のサインの権力です。
第二に、金正日の部長代行制です。金正日は党や国家機関の中の部長を空席にして、第一副部長をトップにして、部長を自分が兼任する形で、重要部署を自分が掌握するということをやっています。例えば、党の組織指導部、宣伝煽動部、統一戦線事業部、党軍事部、国家保衛部などです。北朝鮮の主要幹部たちの地位は、何か付与された権限によって決まるのではなくて、金正日がどれくらい信任しているかによってだけ決まります。
北朝鮮について誤解されていることの代表的な例は、このような北朝鮮の二重性についての例です。以前、軍の趙明禄・総政治局長がアメリカを訪問した時、北朝鮮の序列ナンバー2が訪米したとマスコミが大きく書きました。趙明禄は、対外的には総政治局長とされていましたが、国内においてはそれにふさわしい権力を行使することができない人間でした。
◆権力を持つ側近は組織指導部の3人の第一副部長
金正日の統治の特徴は、側近統治というのがあり、自分の側近たちにそれなりの地位を与えて、側近を通じて統治するということです。彼らを通じて政策決定を降ろしていくのです。また、党組織部の第一副部長たちを通じては、行政的な体系、組織的な指示を降ろしていきます。金正日の側近の中には、実際の権力を持っている側近と、主従関係で下に置かれている側近がいることを区別しなければなりません。
金正日側近の中で、実際に権力を持っている側近は、組織指導部の3人の第一副部長です。その中で第一が李済剛・組織担当第一副部長、次に李勇哲・軍事担当第一副部長、三人目が張成沢・行政担当(保衛部、保安省など公安機関担当)第一副部長です。
今日北朝鮮は、先軍政治を公言しています。これは戒厳令的統治をするために、軍の力を強調したに過ぎず、軍は組織指導部を越える力を発揮できるわけではありません。マスコミを見ると、「北朝鮮軍の強硬派」等という話がたくさん出てきます。北朝鮮は、穏健派、強硬派に分かれて権力闘争をするような権力構造にはなっていません。金正日の個人の思い、個人の考えがそのまま政策になってしまう個人独裁国家です。北朝鮮が社会主義の形式を持っている国であれば、東ヨーロッパの社会主義国が倒れた時に、一緒に倒れたでしょうが、北朝鮮は社会主義の形式を持っていない封建的な個人独裁国家です。
◆「仮想の北朝鮮」を相手にするな
このシンポジウムに関係するテーマが拉致問題なので、拉致問題に関係することに少し言及したいと思います。
拉致解決のための日本政府の活動について、私が見るところ、少し間違っていたと思われるところをご指摘したいと思います。まず、金丸信氏が訪朝した時のことです。
日本政府と北朝鮮政府の間で拉致問題を解決するという枠組みを作ることができませんでした。皆さんがよく知っておられる、金容淳という、国家機関ではないアジア太平洋平和委員会という機関の委員長を窓口にしたのです。アジア太平洋平和委員会は、北朝鮮の中で建物も持っていなくて、メンバーもいない幽霊組織です。正確に言うならば、平和外交を正面に出して工作活動をする統一戦線部の傘下機関です。
金容淳が統一戦線部長だとの報道もありますが、金容淳は、先ほど私が言いました、主従関係で下に置かれている家来のような存在の一人です。先ほど私は、部長代行制は部長を空席にすると言いましたが、統一戦線部も部長は空席で、実質的な責任者は第一副部長の林東玉だったのです。
ですから金丸時代に、国家対国家の問題で拉致問題を取り上げることをせずに、工作機関であるアジア太平洋平和委員会を窓口にしたために、外交関係の正式な窓口のところに拉致問題を持っていくことができなかったのです。
アジア太平洋平和委員会についてもう少し例をあげますと、今韓国で行われています金剛山観光事業も、実は現代財閥とアジア太平洋平和委員会との間で行われているのです。北朝鮮は、平和が必要で外部の支援が必要な時は、アジア太平洋平和委員会を表に出し、強硬な立場が必要で緊張関係が必要な時は、軍を表に出して圧力をかけてきます。アジア太平洋平和委員会は北朝鮮の政府を代表する信頼できる組織ではない幽霊組織だということです。
◆小泉政権は、北朝鮮が拉致を「認定」するだけで100億ドル約束
小泉総理の時代に、金正日が拉致を認めましたが、これは正常な形で拉致を認めたとは言えないと思います。小泉総理が最初に訪朝した直後に、労働党中央で、幹部たちのための「講演資料」という文献が回されました。それを見ますと、小泉政権は、北朝鮮に対して、拉致を認定さえしてくれれば100億ドルを渡すという風に言ってきたと書いてありました。100億ドルを渡すということであれば、少なくとも被害者全員を帰せと要求されなければならないと思いますが、そこでは「拉致を認定さえしてくれれば100億ドルを渡す」と、自ら日本側が要求を引き下げて出していたことが分かります。
北朝鮮の政権は、自ら変化しません。ただ、下からの圧力によってのみ変化します。拉致問題解決のための方法はただ一つ、圧迫だけです。アメリカが今回、テロ支援国指定を解除した時、私はこのような文章を書きました。「北朝鮮というテロ国家を指定解除したアメリカがテロ支援国だ」と。
我々が拉致問題をめぐって交渉する時に、克服することが難しい体制の違いがあります。我々は対話をするけれども、彼らは対敵する(敵対の意)。資本主義の自由民主主義国家では、政権が外交合意をすると同時に、国内の国民や民間団体に納得してもらわなければならない、反対を防がなければならないという負担があります。しかし、北朝鮮は個人独裁国家ですから政策決定は自由にでき、そして国内が統一されているということを対外的に誇示することができます。
そして北朝鮮は、長期間政権が続き、終始一貫して政策を展開しますが、日本のような国は政権がどんどん変わる。そしてそれぞれ代わった政権が、それぞれ対話の結果を求めます。しかし、北朝鮮では、対話の結果というのは大きな戦略の中の一部分にしか過ぎない。北朝鮮は信頼することができない国です。
ありがとうございました。
1-4 コメント 張哲賢氏は労働党中央のことを証言できる人
洪 熒氏(早稲田大学客員研究員)
コメントというより、実は私も教わっているわけです。先ほどブラウンさんも北との問題の解決には何より情報が重要だということをおっしゃいましたが、まさにそういうことを今日聞いたと思います。私自身、ありのままの北朝鮮より自分の頭の中で描いている北朝鮮、金正日に囚われているのではないかという思いが強いのですが、まず張哲賢さんに対して私が知っていることを申し上げます。
韓国には1万5千人以上の脱北者がいて、間もなく1万6千人に達すると言われています。多くの脱北者の中で、労働党中央のことが分かる人はごくわずかです。工作員の場合は労働党中央に属していても彼らは限られた場所を離れられない。労働党本部を訪ねることも許されないのです。ですから私が知っている限りでは今張哲賢さんが言ったようなことを説明できるのは多分、二、三人しかいないのではないでしょうか。その一人はみなさんよくご存知の黄長燁(火へんに華)書記です。それから今、公でこういう形で意見が言えるのは張哲賢さんぐらいです。ただ黄長燁さんは11年前に亡命したわけですから、いわゆる先軍政治の謎、暗号の解明のための証言ができるのはたぶん韓国でも張哲賢さんぐらいだろうと思います。
実は、今週に入って六者協議が頓挫したわけですが、これはもう去年の正月に米朝がベルリンで秘密接触をした時点で六者協議は終わったと私は思っています。その後は米朝二者協議だったと思います。六者協議はこのようになる運命だったのです。というのは、先ほど申し上げたように北のことが全く分からない人が、自分たちが描く北朝鮮を想定して六者協議に当たってきたわけですから、それは当然だと思います。つまり、ボクシングをやる時、目をつぶったままボクシングをやったのと同じではないかと思います。
今日、今のお話を六者協議に参加する国々の代表団が聞くべきだったのではないかというような気がします。最初からこういうことが分かって六者協議とか、北に対する圧迫に臨んだら結果は違ってきたと思います。例えば今、韓国では、李明博大統領になってから、李明博大統領は結構うまくやっている。イデオロギー的な確固たる信念はないものの、金正日に対して今一番うまく対応しているのは李明博大統領ではないかと思う。というのは、先ほどのお話のようにいろいろな国々の指導者が自分の任期のうちに何かをという焦りからとんでもない、自分の頭の中の北朝鮮を考えて北と接触してきたということですから、その点では今のところ李明博大統領はブッシュ大統領よりしっかりしていると思います。
今の国際社会で一番の問題は、暴力集団が自分の国をのっとって主権国家だと名乗ることです。これを今の国際秩序、国際法は許しています。これが一番の問題だと思います。金正日が北の権力を握ってから、つまり、親父の金日成と共同政権をつくってから以降、彼が相手にしたいろいろな国々の指導者を見ると、韓国は今の大統領が8人目の大統領です。アメリカも次のオバマ大統領が8人目の大統領になります。日本の場合は、今の総理大臣は21人目の総理大臣です。つまり、金正日は海千山千の悪魔的な暴力統治においてはすごいノウハウを持つ老練な独裁者です。それに対して自分の任期のうちに何とかなるだろうという甘い対応が、状況を段々悪化させてきたのではないかと思います。
圧迫の手段の中にはいろいろなことがあると思います。例えば我々が裁判を起こした時、仮処分の何かを起こす場合、これが実行される前までは、毎日、毎月、毎年利子を課するというようなことがあると思うのですが、金正日に対しても、解決まで、ただ求めるだけではなくて、これを遅らせるともっと払うようになるということも強いる必要があるのではないかと思います。
私は、張哲賢さんのような野蛮な独裁体制も自由民社主義の社会も両方経験した人が金正日の後の新しい北朝鮮の再建の主役になるべきではないかと思います。