救う会全国協議会

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北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会

人口も食糧生産も水増し?北朝鮮の食糧統計 救う会事務局長 平田隆太郎



国連食糧農業機関(FAO)と世界食糧計画(WFP)の2つの国連機関が、08年12月8日、北朝鮮の食糧生産に関して「スペシャル レポート」を出した(以下「レポート」。下記アドレスで閲覧可)。4年ぶりの報告であり注目される。この報告は、北朝鮮からのデータ提供が前提で、国連機関としての修正を加え報告するものであるが、人口や食糧等の量については、北朝鮮の報告をそのまま受け入れている面が強く、数値は信用しがたい。以下、いくつかのポイントに絞って報告したい。

http://www.reliefweb.int/rw/RWFiles2008.nsf/FilesByRWDocUnidFilename/MYAI-7M62E3-full_report.pdf/$File/full_report.pdf


過大な北朝鮮の人口統計


まず、09年度(08.11?09.10)の北朝鮮の食糧需給表(表1)について。

注:国連機関では、この時期を生産時期に着目し08年度と表記する慣わしであるが、読者には紛らわしいので消費時期に合わせ09年度とした。なお、食糧年度が11月に始まるのは、10月までに収穫された主要穀物が11月以降の食糧になるからである。また、収量は少ないが、冬小麦、春小麦など今後収穫予定の生産量を予測値として加えている。

国連機関は、08年6月と10月に現地調査を行ったが、未発表の期間の具体的な報告はせず、国際社会に支援を求めるのに必要な09年度の生産量と不足量のみ報告し、それを前提に支援を訴えた。支援を求める以上は、過去のデータも理解を求めるために報告すべきであろう。また、「WFP は国連唯一の食糧支援機関であり、かつ世界最大の人道支援機関」、「FAOは世界の食糧生産と分配の改善と生活向上を目的とする国際連合の専門機関の一つ」とされているが、各国政府からの任意拠出金と民間企業や団体、個人からの募金が財政基盤である以上、人道が行われない国への人道支援の妥当性、有効性をきちんと説明すべきである。

国連機関は、09年度半ばの人口2360万人を前提に、年間需要を約513万トンとし、国内生産が334万トン見込まれるとした。不足分については、北朝鮮政府による輸入見込み50万トンを除くと約128万トンとし、不足のうち45万トンは外部からの援助が見込まれ、その差83万6千トン分の支援を訴えた。具体的には、今年11月末までに実施する「対北朝鮮緊急食糧救護プログラム」に対し、5億300万ドル相当の資金・食糧援助を国際社会に訴えたが、1月7日現在目標額の3.8%相当しか支援がなく、食糧配給の中断が各地で相次いでいるという(「連合通信」09.01.13)。

食糧需要は、一人当たり167kg/年×2360万人として約394万トンと推計された(167kg/年は1人当たり1日1400kcalに相当)。これがまず疑問である。北朝鮮の人口は1800万人という説も報告されている。実態はもう少し多いと思われるが、国連機関が支援を訴えた食糧83万6千トンは、一人当たり167kg/年で換算すると、ちょうど500万人分の年間食糧に相当する。もし人口が1860万人であれば、国際支援は要らないことになる。そこでまず、北朝鮮の人口について検討したい。




人口は「2390万人」と北朝鮮政府


 レポートによると、北朝鮮政府は08年の人口を2,390万人と報告したが、国連機関は近年の人口増加率を0.7%と北朝鮮政府の試算より低く見積もり、23,552,890人(年央値は2360万人)と推計した(表2)。



 まず注目されるのは、90年代後半の餓死者がほとんどなかったかのように見積もっていることである。北朝鮮では94年に飢餓が発生し、96年、97年、98年の3年間で大量の餓死が発生し、99年まで続き、その数は300万人と言われる。餓死者が大量に出たことは脱北者の証言で明らかであるが、北朝鮮は、この期間も人口が増加したと報告(表3)している。国連機関の人口数も北朝鮮の報告を微調整したものに過ぎない。



「朝鮮中央通信年鑑07年版(表3)」では、96年?98年の飢餓の時期にも年平均約15万人ずつ増加し、99年以降は年平均約17万人ずつ増加したと報告している。03年の人口は記載がなく、無責任な統計を公然と公表している。

 北朝鮮の諸統計はもともと信頼できないものであるが、人口統計はその典型と言えよう。しかも、「朝鮮中央通信年鑑」の報告に沿って、05年以降も17万人ずつ増えたとすると08年の人口は約2,429万人となるが、今回の国連機関への報告では2,390万人とやや少な目に報告した。これでは05年以降は毎年7万人増となり、飢餓の時期の年15万人増よりはるかに少なく、いよいよ信じがたい統計になるが、国連機関は疑問視していない。人道支援に不可欠な人口統計に無関心のまま危機を訴え、何らかの支援の実績さえ作れば成功と言えるのだろうか。

餓死者がもっとも多く発生した96?98年のうち、一番苦しかった98年に脱北した人々は国際支援を恨んでいた。「98年当時、人民を弾圧する社会安全部などの末端組織が食料不足で崩壊寸前だったのに、国際支援でまず弾圧組織が息を吹き返した」というのである。「もう少し放置していたら弾圧機関が崩壊し、多くの人民が救われた」と彼らは主張している。

人道が行われない国への「人道」支援は、独裁者を利することになりかねない。国連機関は、「配給のモニター」を力説するが、実は食糧配給後に権力層に回収されているのである。人道が行われない国で敢えて人道支援を行うなら、保存可能な穀物ではなく、調理された食事を提供し、その場で食べてもらうしかない。「配給のモニター」はモニターとはいえない。炊き出し支援のような、「消費のモニター」が可能な援助こそ重要である。

 なお、「北朝鮮の人口は1,800万人」との脱北者証言は以下の通り。
「平壌の高官だった脱北者が驚くべき証言をした。彼は、『自分が労働党の核心部署から聞いたことでは、労働党が最高人民会議代議員選挙(03年8月)のため人口調査をしたら、なんと1,800万人だったそうだ』、『94?98年の4年間で300万人以上が飢え死にした以降も人口の増加はなかった』(趙甲済ドットコム08.01.25)」。最も基本的な人口に関する統計にこれほどの差があるということは、すべての統計が信用できないことになる。1,800万人以外に、放浪者、脱北者等補足されなかった人もいただろうから、実際の人口は1,800万人よりは一定程度上回ると考えられる。

 なお、昨年7月時点の人口について、韓国農村経済研究院は2370万6000人、韓国統一部は、2267万人と推計しているが、同じ国の推計が約100万人も差があること、いずれも大量の餓死を軽視していることにも問題がある。

08年10月には、国連人口基金と北朝鮮中央統計局による15年ぶりの国勢調査が実施され、世帯訪問調査結果を市・郡単位で集計した後、各道で半年余りにわたりコンピューターに入力し、これを再び中央で取りまとめる予定で、09年には北朝鮮の新たな人口統計が報告される、と報道された。

韓国政府が費用の多くを負担し、国連機関が支援する国勢調査でも、水増しされた人口が公表されることになろう。その報告に注目したいが、正直なデータを出すと金正日政権の正統性にもかかわるだけに、データは改竄され、調査費用の一部は横取りということになるのではあるまいか。

北朝鮮では既に、身長、体重などの徴兵条件がどんどん下げられているのを見ても予定数の確保ができていないことが分かる。あと4、5年すれば、飢餓の3年間に生まれた子どもが徴兵年齢を迎える。北朝鮮では、その後も食料不足が続いており、乳幼児死亡率が高い。現在の新生児の体重は2kg前後と言われる。

米CIAなど5つの情報機関が共同で作成し、米国家情報会議のウェブサイトに掲載された「世界保健の戦略的示唆点」では、「北朝鮮では1990年代に広範囲に及ぶ飢餓が発生してから深刻な栄養不足状態が続いており、児童の半数以上が成長障害か低体重、青年層の3分の2に栄養失調や貧血がみられる」とし、「2009年から2013年の潜在的徴集対象の17?29%が知的能力に欠け軍生活不適格者となる」と推定、「北朝鮮の軍人らは自身に対する食糧配給がきちんと行われても栄養失調にあえぐ家族を心配するようになり、これが忠誠心の低下につながりかねない」と報告している(連合ニュース09.01.22)。

国民の人口急減や栄養失調は金正日政権に対し、大きなボディブローとなってはね返ってくることになろう。


水増し報告する理由


実は、北朝鮮が人口を水増し報告するにはそれなりの伝統的な理由がある。これは、食糧生産量の水増しでも同様である。北朝鮮の各農場では、まず、命令された生産目標が達成されなければならない。そのため、生産量が低くても、よほどの理由がない限り達成したことにしなければ農場の幹部の責任になる。そして、上部組織でまた水増しされ、最終的には実態とはかなりかけ離れた報告となってしまう。水増しが黙認される背景には、多くの収穫があったことを前提に、特権層から順に配給を受けると、非特権層に残された食糧が極端に少なくなるが、特権層には逆に有利になるので黙認されてきた。そして実際の収穫が極端に少なければ非特権層で餓死が発生するのである。

人口数では、大量の餓死や行方不明者発生があれば、地域幹部が処罰される理由になりかねないため、餓死者や行方不明者も生存者に含めてしまう。また、人口を多めにしておけば、みなし人口分の配給を地方幹部が横取りできる。権力者の農民に対する収奪は李王朝時代も、その前の時代も行われていたが、「金王朝」時代の収奪が最も過酷である。権力者によるこのような収奪に対して、現代の北朝鮮の農民たちは、乾燥不足のまま計測して収穫量を水増しし、土地面積をごまかし、隠し畑を作る、自留地に柿の木を植える、自留地の作物に肥料を多く与える、などの苦しい対応で生き延びてきた。朝鮮の歴史は、搾取と抵抗の歴史ともいえる。

このような朝鮮の伝統は、結果として国際支援を受ける際にも有利に働いた。まず、人口を多めに公表すれば、一人当たりの配給量が少なく見え、国連機関が危機をアピールしやすい。逆に、食糧生産を多めに報告することは、北朝鮮にとってマイナス効果になりかねないが、国連機関や西側社会から見ればそれでも一人当たりの配給量は少なすぎる数値であり、水増しされた人口を基に不足量をアピールしてくれるので、当面の障害にはならなかった。


飢餓発生が予測される近年の生産量




表4は、今回のレポートでは報告されていない。国連機関が過去に報告や推計を行ってきた北朝鮮の各年の食糧生産のデータから作成したものである。国連機関は、04/05までは毎年レポートを出してきたが、その後は推計値で、08/09のみが今回のデータである。数値は水増しされたものと考えられるが、増減の傾向は実態を反映していると考えられる。

実は、大量の餓死者が発生した96?98年頃の食糧の生産量と今年、来年の食糧の生産量はほぼ近い数値になっている。実態はかなり厳しい筈であるが、最近餓死者の報道かない。一方、北朝鮮人民が行き倒れ(餓死者)を発見した場合、直ちに人目に触れない所に移動するよう命令されているようである。北朝鮮は、死んでも死亡と見なされない異例の国となっている。

04/05の「レポート」後、国連の調査が中断されたが、それは引き続き食糧生産が多い年が続いたから、調査団を入れたくなかったものと国連機関は報告した。そして、07年の洪水があり、昨年著しく生産が減少したから調査団を求め、支援を依頼せざるをえなかったという報告になっている。しかし、北朝鮮の政治的な要因や人権状況を無視して、支援要請さえあればいつでも支援に応じるという姿勢では、正直な報告はできない。そこが国連機関による食糧支援の最も大きな問題点であろう。

国際食料政策研究所(IFPRI)が08年10月に作成した「ことしの世界飢餓指数(GHI)報告書」は、「北朝鮮はコンゴに次いで世界で2番目に飢餓状態が悪化した国」とし、栄養失調率が高まり、低体重の子どもが増えていると指摘した。外部の目で見た評価ですらこれほど厳しい。実態は、昨年はかなり餓死者が出たのではあるまいか。そして、外国からの支援が途絶えれば、今年はもっと厳しい年になる可能性が高いと考えられる。

 国連児童基金(ユニセフ)平壌事務所のバラゴパル代表は08年10月、「北朝鮮で1990年代末の最悪の食糧難が再び起きている」と指摘し、「北朝鮮当局の(食糧)集計が間違っているのではないか」とも述べた。食糧支援に関わる国連機関は、実績作りの前に、北朝鮮の実情を直視すべきである。


実態より多すぎる食糧生産統計


次に09年度の食糧作物生産(表5)について報告したい。

レポートは、09年度の食糧生産量を、317万トンと予測した。09年度の食糧生産量のうち、米、トウモロコシなどは前年秋に収穫済みのもので、表5の冬小麦・大麦以降は予測値である。内訳は、米108万トン、メイズ(とうもろこし)120万トン、じゃが芋38万トン、雑穀10万トンの他、冬春の大麦・小麦・じゃが芋などである。また、北朝鮮の統計にはない自宅に付属する自留地(家庭菜園、20坪程度)や傾斜地の収量(隠し畑)も推計値を出した。この2つは筆者が「統計に乗らない食糧の事例」の一つとして90年代後半に指摘したことであるが、04年秋の「レポート」以降報告されるようになった。




国連機関の統計(食糧作物生産予測=表5)は、この表を見ただけでは分かりにくい。まず、統計の精米・製粉値の意味から説明したい。米は、国際基準は玄米重であるが、国連機関は実際に食べられる量として精米重で出している。日本では、籾付きを脱穀し玄米にすると重量が10%減の90%になり、玄米を精米すると重量は20%減の80%(籾付きの72%)になると計算されるが、国連機関では、北朝鮮の脱穀・精米時のロスが多いことから、精米重を65%と計算している。

次に、メイズはとうもろこしであるが、日本人が食べるスイートコーン種ではなく、デントコーン種のとうもろこしで、日本では家畜の飼料として使用されているものである。メイズは日本などで普通に栽培すれば穂軸が40センチにもなる品種だが、土壌劣化している北朝鮮では25センチ程度にしかならない。それでもスイートコーンよりは収穫が多い。ゆでてそのまま食べると餅のような粘り気があり、その味は、食べられなくはないという程度のものである。とうもろこしは粉にしなければ栄養を十分に摂取できない穀物であるため、粉にする必要があるが、国連機関は製粉時の重量を85%に換算している。

雑穀のほとんどは、田んぼのあぜで栽培される緑豆(大豆類)で、その他稗、粟、黍などがわずかにある。じゃが芋は、穀物ではないがカロリー換算して、重量の25%を穀物として統計に計上している。国連が、二毛作を奨励する際、じゃが芋の種芋を持ち込んで普及させたものであるが、北朝鮮ではウイルス等の影響で2.5t/ha程度しか収穫できなかった(日本の北海道産は10 t/ha)。今回の報告では、対病性の種芋が普及され8.4 t/ha(穀物換算2.1 t/ha)収穫できたと報告されている。これが事実なら約3.4倍の収穫で画期的であるが、日本の本州産の反収を上回っており、肥料も少なかった08年だけに、筆者には到底信じがたい数値である。


北朝鮮の米の収量は江戸時代のレベル


次に、国連機関の米に関する報告について見てみたい。

米の収穫は、57万haの水田で166万トン(籾付き)とれ、反収は籾付きで2.9t/haと報告された。玄米では2.6 t/haに相当する。これは10アール(1反)当たり4.35俵の収穫で、それが事実なら日本の収量の約半分に相当する。ちなみに日本の水田稲作は162万haで882万トン、収量は平成20年が5.4 t/haで、過去10年間の平均値は5.2 t/haである。北朝鮮の人口2360万人を前提とし、米の一人当たり収穫量を精米値で計算すると、45.7kg/年になる。実際の人口が1860万人程度であれば、一人当たり収穫量はなんと57.9?/年となり、日本人の消費量とほとんど変わらない。こんな数値は水増しとしか思えない。種籾や工業用原料などを差引くとこれより若干少なくなるが、「米はほとんど食べられない」というような脱北者の報告とこの数値は大きな差がある。

日本人は年間一人当たり、米を61.0kg(平成18年)消費している。実態は廃棄される量もあり、これより多少少ない。日本人の一人一日当りの米消費量は167gに相当し、ご飯茶碗2杯分程度。北朝鮮の収穫量が日本とほぼ同じとすると、「米はほとんど食べられない」筈がない。ということは、実際の生産量は、国連機関の統計よりはるかに少ないということである。さらに、筆者が過去に北朝鮮の田畑を観察した経験からも、北朝鮮の米はせいぜい反収3俵程度(1.8t/ha)で、日本の江戸時代の平均反収と同じである。国連機関の数値はかなり過大と思われる。

08年6月、韓国で北朝鮮の食糧生産について記者会見した脱北者は、咸鏡道の全穀物の平均収量を1.5?2.0 t/haと報告している(「連合通信」08.06.16)。食糧支援を訴えるための会見ではあったが、収量については妥当な数値と思われる。


「主体的に解決」せよという「主体農法」


北朝鮮における食糧生産が低い理由として国連機関は4つの理由を挙げている。?長期的土壌劣化、?肥料不足、?天候異変への脆弱性、?構造的要因、である。これらの理由はその通りではあるが、あまりに実務的報告に過ぎる。

土壌劣化については、輸送手段や燃料の欠乏で酸性土壌への大量の石灰供給ができないこと、二毛作が土壌劣化を進め限界にきており、豆類を入れた輪作が必要なこと、堆肥の供給が必要なことを指摘しているが、金正日は予算も資材も十分に提供せず、「主体的に解決」せよというばかりで、何年たっても到底改善は不可能である。北朝鮮では98年まで木材を燃料とするトラクターを見かけたが、99年にはそれもほとんどなくなった。石灰や堆肥が仮にあったとしても運搬手段も燃料もない。この状態を放置したままで、生産が増えるはずがない。これが「主体農法」の実態で、国連機関の指摘はその通りではあるが、問題は国民を無視した金日成の独裁政治にある。

北朝鮮では、金日成の時は、傾斜地の耕作は15度までとされていたが、収奪への対抗措置として非合法な耕作が伝統的に続いており、土壌流出の原因の一つになっている。加えて、金正日が傾斜地の耕地開発(16度まで)を指令した。その結果、隠し畑の一部が奪われ、返って土壌流出に拍車をかけ、農業生産を低下させた。また、金正日は、水田のあぜを撤廃すれば耕地面積が増え、機械化による大規模農業ができるとして、農地の規模拡大を指令した。水田は水を入れるために完全な平面でなければならず、高さの違う何枚もの水田の高さを人力により調整するのは大変な作業となる。揚水ポンプなしで、周囲の水田すべてに水を流すには微妙な高低差も必要となる。動力がなく、大型機械は動かず、灌漑用ポンプも不十分な北朝鮮で、金正日の思いつき的指令が、生産低下の原因となっているのである。

肥料不足については、北朝鮮は07年までは、化学肥料30?40万トンを韓国の支援に依存してきた。その分、北朝鮮は堆肥以外の化学肥料は、自主生産を急減させた。ところが、08年3月、韓国統一部長官が、食糧支援の条件として「支援食糧の分配透明性問題やその他の人道的懸案について態度を変える必要がある」と述べたことに北朝鮮が反発し、食糧・肥料の受取りを拒否した。08年の天候は比較的良好であったが、政治判断の結果起こった肥料不足が08年の最大の減収要因である。北朝鮮では、電力を大量に必要とする化学肥料をあまり生産できなくなった。旧化学肥料工場の多くは、サリンなどの生物化学兵器工場と化し、米ロに次ぐ大量生産国とされる。

北朝鮮の穀物の収量が低いのは、「主体農法」なる将軍様による様々な農作業の決まりがあり、例えば適地適作や適期適作など農民の主体性が発揮できないことに大きな原因がある。例えば、朝鮮全土で、生徒・学生や住民・軍人を動員して、全国ほぼ一斉に田植えや稲刈りをするというのは効率的に見えて極めて非効率である。気温との微妙な関係を無視して田植えを強硬することになる。また、同じ土地に同じ作物を何十年も連作せざるを得ないのも、「偉大なる将軍様」が決めたことについて、変更の提案をするなどは恐ろしくてできないからである。農業のことは、農家に任せるべきであるが、それができない「主体農法」という名の指令農業が生産増を阻んでいる。なお、中国の朝鮮族も韓国人も、米についてはほぼ日本並みの反収をあげている。


家族農業ができない北朝鮮


水害や日照り対策として、河川の浚渫や堤防・水路・溜池建設などの治水対策、動力による揚水ポンプ設置、冷害・虫害に対する品種改良など、北朝鮮では予算も資材もわずかしか提供せずに、人力で「主体的に」解決せざるをえない。傾斜地耕作が土壌流出に拍車をかけ北朝鮮の河川はすべて川床が上昇している。筆者は、北朝鮮の小さな川で、十数人の人々が浚渫作業をしているのを見たことがあるが、まともな浚渫機材もなく、すべてスコップなどを使い人力で作業していた。高速道路と称する単なる舗装道路の修理もすべて手作業でおこなわれていた。非合理な命令でも、表向きは黙って命令に従い、疲れないようなるべく非効率な作業を行うことが北朝鮮で生き残る方法なのかと思ったことがある。

また、北朝鮮では品種の改良が進んでおらず、米の品種である「平壌」や「統一」は、未熟粒が多く、耐病性が弱いなどの問題があり、収量が非常に少ない。水田の稲は高さがまちまちで、種籾を専門に作る農家がない。肥料があまりに少なく、施肥も均質に行われていない。さらに、すべて協同農場形態で、勤勉の結果、収穫の喜びを家族で味わえる家族農ができないため、農民が勤勉を発揮する余地がなく、品質や収量にもこだわらない。ちなみに主体性を発揮できる自宅に付属する自留地では、とうもろこしや野菜が協同農場よりもはるかに立派に育っている。旧ソ連では、全耕地面積の数%に過ぎない自留地の収穫が、全収穫の半数を占めたといわれている。旧ソ連の集団農場である「コルホーズ」や中国の旧「人民公社」でも、働いた分だけむくわれる自留地の生産が国家を支えていた。北朝鮮のような1戸当たり20坪程度のわずかな自留地では支えきれないのは当然である。今年に入り、北朝鮮はこの自留地にも管理強化を強めようとしているという。

北朝鮮の米は、品種改良がなされておらず、内部に亀裂があり精米時点で割れてしまうものが多く、見た目より収量が少なくなる。これは非常に大きな問題で、国連機関も見落としているのではないかと思われる。また、国連機関は二毛作としてのじゃが芋栽培を奨励してきたが、米の専門家は北朝鮮に入れていないようである。北朝鮮の人々は米を最も求めているが、稲作については適切な助言や支援を行っていない。各地の食文化を重視しない支援にも問題がある。

また、倉庫に入れるまでの管理が悪いので味が落ちるだけでなく、収量が少なくなる。トラクターのような動力がほとんどなく、収穫された稲が1か月も田んぼにそのまま野積みされることが珍しくない。放置され、雨に打たれた米はすぐに劣化する。筆者は放置された籾から新たな芽が出ているのを目撃したことがある。また、元山の港近くでじゃが芋がうずたかく積まれているのを目撃したが、下のじゃが芋はどうなっていただろうか。北朝鮮の人々は、自分の利益と関係のない食糧の管理には全く無頓着といってよい。

加えて、北朝鮮の食糧倉庫が貧弱である。国連機関が試算した北朝鮮の食糧需給表(上記)でも67万8千トンの管理ロスが見込まれている。かびがはえたり、虫に食べられると報告されたが、人間の虫すなわち現場管理者の横取りがかなりあるのではないか。北朝鮮では、あらゆる現場に「役得」がつきものである。

さらに、種子需要で16万トンあまりが計上されているが、北朝鮮では米もメイズも日本と比べて3倍密植を行っている。密植は一時、旧ソ連で流行った農法で、これも「主体農法」の弊害で一度決まると変えようがない。同じ土地に3倍もの苗を植えれば風通し、日照、虫害など問題が起こって当然である。かつて北朝鮮に食糧支援と農業指導を行った日本の農協関係者が、密植をやめるよう助言したことがある。1年後に、北朝鮮の試験場で実験をした結果、「以前と同じ収量でした」と胸を張って報告がなされたという笑えない話もある。仮に同じ収量であっても、密植をしなければ種子の3分の2は食糧に廻せるのである。北朝鮮は密植で反収3俵程度だが、筆者の友人は、日本の平均よりさらに粗植にして反収11俵の米を生産しているが、日本では珍しいことではない。

さらに、刈り取った稲には水分が22?23%含まれているため、これを天日で15%程度にまで事前乾燥させなければ品質がすぐに劣化するが、乾燥しないでそのまま収量を計測しており、収量だけは多く見えても実際は水増しとなっている。乾燥などすれば農民はノルマを達成できず、役人は「役得」をもらえない。その前に、稲束を干すのに必要な竹や木材、さらに籾を乾燥するためのむしろなどの基礎的な農業資材が全くない。木炭で走るトラクターも燃料がなくて走れない。ごくわずかだが、舗装道路の路上でそのまま籾を乾燥しているのを見たことがある。このような農業資材を支援する方が有意義と思われるが、収量をごまかせなくなるので、家族農が実現し、高品質に対し対価が得られる仕組みにならない限り、今の政治体制では喜ばれないだろう。


韓国、中国、日本より多い一人当たり耕地面積


森が豊かな土壌を作り、その土壌をくぐりぬけた雨水には、H2Oだけでなくマグネシウムなど植物に不可欠な様々な微量元素が含まれている。畑にはH2Oしか降ってこないので連作障害が起こりやすい。ところが水田稲作では、微量元素を含んだ水が繰り返し補給されるために連作が可能となる。北朝鮮の山にはほとんど木がなく、傾斜地にはわずかの土壌しか載っていない。北朝鮮の山の多くは岩山なのである。このことは北朝鮮農業の構造的な問題と言えよう。

実は、北朝鮮の一人当たり耕地面積は、韓国、中国、日本より多い。従って、面積だけでみると北朝鮮は有利な筈であるが、天候や土壌条件が厳しいという問題だけでなく、社会主義的な「主体農法」や農業を支える産業を育成できないことが大きな問題で、そのため収量が少ないのである。不足するなら、外貨で輸入すればすむことであるが、金正日は餓死者が続発しても、独裁権力の維持を優先し、十分な対応をしなかった。多額の外貨を使って輸入したのは、死亡した父親の遺体を安置する錦繍山宮殿建設のための大理石や軍需品などであった。
北朝鮮に向けて韓国から飛ばされるビラには次のように書かれている。

・300万人が飢えて死んだ「苦難の行軍」の時、3年間も北朝鮮人民らを養うことのできる8億9千万ドルを投じて自分の父の金日成の死体を飾るのに費やしました。このお金で食糧を買い、飢える人民に食べさせたら、数百万人が餓死はしなかったはずです。これがまさに人民の父母、人民の指導者と騒ぎ立てる金正日の正体です。

主体性を発揮できない「主体農法」も、政治的な障害要因で、構造的な問題の一つであるが、国連機関のレポートは政治的な要因には一切言及していない。

北朝鮮は昨年「建国60周年」イベントを開催して金日成・金正日父子の統治を正当化し、また今年正月の3紙共同社説では、「我々人民は、ついに長年の歳月切望してきた理想社会の入口に立った」などとありもしない虚言を弄した。しかし、金日成の公約であった「米のご飯と肉のスープ」すら未だに国民に供給されていない。多くの国民は米の代わりに、飼料用とうもろこしを主食とさせられ、近年は国連機関が勧めたじゃが芋も増えているが、「米をお腹いっぱい食べてみたい」という国民の願いはかなえられそうにない。
皮肉なことに、韓国の食糧廃棄物は年400万トンで北朝鮮の全食糧生産量とほぼ同量である。ちなみに、日本の食糧廃棄物はなんと2000万トン。もちろんリサイクルに廻す努力はなされているがまだ十分ではない。

なお、韓国農村振興庁は08年の北朝鮮の食糧生産量を一昨年の401万トンに比べ30万トンほど多い431万トンと推計した(「連合通信」08.12.18)。これを国連の精米・製粉値に換算すると、353万トンになる。韓国の推計値も国連機関同様にいつも高めに推計する傾向がある。なお、韓国農村経済研究院では、北朝鮮の今年の食糧自給能力は420万トン前後で、最小需要量520万トンに比べ100万トンほど足りないとしている。これも精米・製粉する前の量である。韓国の専門機関の予測値が多目になる理由は、過去の発表データの傾向と著しく異なるデータを公表するのは専門家の面子に関わる問題になりかねず、過去の傾向にひきずられているのではないかと思われる。


補足(21.02.16)


「国連人口基金(UNFPA)は09年2月13日、「昨年10月に北朝鮮で国勢調査を2週間かけて実施し、暫定的な数字として人口を2405万1218人と集計した」と発表した。「UNFPAは北朝鮮で調査要員3万5200人を動員、588万7767世帯を一軒一軒訪問し、調査を行った」と報道された(「朝鮮日報」09.02.16)。「軍施設の居住者70万2373人を含む数値」とのことである(「連合ニュース」09.02.16)。人口調査は10月1日から15日にかけて実施されたという。しかし、08年の人口が2405万人は、「朝鮮中央通信年鑑」の04年度2361万人と比べると、05年以降、年平均11万人増となり、飢餓の時期の年15万人増よりも少ない数値である。「朝鮮日報」も「連合ニュース」も、調査結果に疑いを持っていないようであるが、国連機関の調査結果なるものは極めて疑わしい。

「今回調査されたのは基本的な個人情報から所得、家具・家電製品、トイレ・暖房・上下水道の有無まで53項目にも上る」、「調査要員3万5200人を動員、588万7767世帯を一軒一軒訪問し」た、とのことだが、そんな余裕や意欲や能力が北朝鮮にあるとは思えない。また、調査は北朝鮮の貧困状況が丸裸で公表されることを北朝鮮当局が受け入れたことにもなる。また、国連機関スタッフ約10名では、北朝鮮全域における十分なモニターも不可能である。刑務所や政治犯収容所にいる人々、さらには脱北者や移動中の人々は統計にどう反映されるのだろうか。不在者のいた家庭が、調査後さらに懲罰を受ける可能性も想定される。今後、「乳児死亡率や平均寿命を含め、今年後半に」、「詳細な国勢調査結果」が明らかになるという。また、「最終結果は」、「コンピューターで資料処理」されるとのことであるが、これも信じがたい。国連機関は北朝鮮に見事に騙されたということではないか。

  
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