国際会議「北朝鮮による国際的拉致の全貌と解決策」全記録
広がった黄色いリボン運動
崔祐英・韓国拉致被害者家族協議会会長
私は、87年1月17日に拉致された東進27号という船の船長の崔宗錫の娘です。高校1年の時に、北朝鮮に父を奪われました。父の消息は全く分からなかったのですが、98年、政府の発表により、父が政治犯収容所に収監されていることを知りました。このことを知り、これ以上韓国政府が信じられず、2000年2月拉致被害者家族会を立ち上げ活動してきました。韓国戦争以降の拉致被害者は帰還した人を除き、489人になります。世界で最も多くの拉致被害者が存在するのが韓国です。
臨津閣の木に結ばれた黄色いハンカチ
出展=朝鮮日報2007.01.31
最も最近の活動について報告します。
2005年10月、父が60歳になった年に、父の送還を訴える手紙を日刊紙を通じて発表しました。そして父を忘れないで待っていることを伝えるため、板門店の近くの臨津閣の木に黄色いハンカチを結びました。黄色いハンカチは、愛する夫を待ちながら黄色いハンカチを木に結んだというアメリカの小説があり、ポップソングにもありますので、そのような心をこめて松の木に黄色いハンカチを結びました。これを伝え聞いた多くの韓国の人々が黄色いリボンをつける運動に参加してくださり、拉致被害者を忘れてはいないことを伝えてくれました。
その世論の高まりを受けて大統領府は、拉致被害者の送還のため努力すると約束してくれました。私たち家族は、2006年5月まで活動を自粛して待つと発表しました。しかし、盧武鉉大統領は、拉致問題について北朝鮮の立場を理解するかのような発言をするとともに、食糧支援を示唆しました。韓国の国民としてとても恥ずべきことと思います。韓国大統領が自国民を保護しないとすれば、どの国の大統領がこの問題を解決するというのでしょうか。
北朝鮮政府は、韓国で服役していた元スパイや元武装ゲリラなどを送還させるためにあらゆることをしました。そして94人が北朝鮮に戻りました。その一人、李根模さんのためにクリントン大統領に手紙を書き、国際人権委員会にその送還を訴えました。元スパイらを送還しない韓国政府に対し、人権蹂躙をしている世界最悪の国だと国際社会に訴えたこともありました。しかし、金正日は韓国の拉致被害者を一人も送還していません。
ハンナラ党の宋英仙議員がこの場におられますが、日本では拉致被害者を取り戻すために政治家や国民が一致団結して取組んでいると聞いています。しかし、韓国では全く状況が異なっています。次も国会議員になるために、拉致問題に関わることは全くプラスになりません。今日のような国際会議に出席すると、国会議員職を維持できなくなるかもしれません。そのような困難を排して、宋英仙議員は出席してくださいました。
韓国の状況が大変厳しく、世界の人権、拉致被害者の家族を愛する皆様に心からお願いしたいと思います。北朝鮮の核問題が浮上した時、韓国では拉致問題は後回しになっており、忘れさられようとしています。しかし、日本では核問題とともに拉致問題が一緒に扱われています。6者協議を初め、北朝鮮の核問題が取り上げられる度に、韓国の拉致問題も合わせて考えていただきたいと思います。
ここに、タイの拉致被害者アノーチャーさんの家族もおられますが、愛する家族を失った悲しみは同じです。道は険しいとはいえ、日本、韓国、タイ、そしてその他の国の被害者が心を一つにして家族が協力していきたいと思っています。
12月、クリマスが近づいていますが、北朝鮮は寒さが厳しく、食糧も底をついています。北朝鮮にいる被害者が我々の救出活動を聞き希望を持てるよう、そして1日も早く成果がでるよう祈っています。今年は愛する父とクリスマスを過ごせなくても、来年は一緒にキャロルを歌いながらクリスマスの日を迎えることができれば、と思っています。