II.北朝鮮の人口統計
1.不可解な国連機関の人口増加率訂正
国連人口基金(UNFPA)が2009年12月18日、「北朝鮮人口調査報告書」を発表し、北朝鮮の人口( 2008年10月1日現在)を24,052,231人とした(表9)。また、「今回の人口調査は、2008年10月1日から15日間にわたりUNFPAの後援の下、現場調査・指導員約42,700人を投入し、全世帯を戸別訪問し、住民にアンケートする形で実施された」と報告されたが、UNFPAは「詳細な調査方法などは不明」という。これは、関係当局が世帯訪問調査結果を市・郡単位で集計した後、各道で半年余りにわたりコンピューターに入力し、これを再び中央で取りまとめたものだという。韓国政府が400万ドル(約4億2820万円)の資金を出し、UNFPAが後援した。実際に北朝鮮に入ったのは約10人。しかし、実施は北朝鮮当局が行ったもので、それゆえにどこまで正確な数値なのかは国連機関も知りようがないが、各国はこのデータを北朝鮮の人口と表記している。
表9.北朝鮮の人口( 2008年10月1日現在)
※UNFPA報告
この調査報告後の2010年2月、平壌市の勝湖区域、江南郡、中和郡、祥原郡は黄海北道に編入された。2008年調査時の1区域3郡の人口は325,101人で、平壌市の面積は2,629km²から1,587km²と約6割になった。食糧事情が苦しくなり、配給が行われている平壌市から切り離されたと見られる。
なお、北朝鮮における人口一斉調査(センサス)は、1993 年12 月31 日現在の人口で、1994 年1 月3 日?15 日に行われたのが1回目で、今回が2回目。「93年調査」以降は、「登録人口調査」のみの数値とされる。
国連機関は2005年に北朝鮮への支援に入る際、北朝鮮政府から第1回人口調査を元に、2003年末の人口を2,121.3万人と聞取り、これを元に、人口増加率を北朝鮮が伝えた0.85%より低めの0.7%を使用して毎年の人口を計算し、2008年末の人口を2,355.3万人と推計していた(表10)。しかし、この「2003年調査」の数値が元々水増しと考えられる。
表10.北朝鮮の人口(WFP/FAO推計、単位万人)
※出典「レポート」2008
国連機関は2008年まで、上記各12月31日現在のデータを前提に、人口増加率を0.7%とし、4か月の増加分を追加して、食糧年度(11月から翌年10月まで)の年央である5月1日現在の人口を推計してきた(「レポート」2008)。
例えば2008/09年度の年央(2009.05.01)人口を2355.3万人+(2,355.3万人×0.7%×4/12か月)で約2360万人と推計した。
ところが2009年12月に発表された「2008年調査」の結果によれば、2008年10月1日現在の人口は2,405.2万人であったという。これは北朝鮮が設定した人口増加率0.85%とほぼ同じで、しかも若干上回っている。
1993年12月31日現在の人口を2,121.3万人として、人口増加率0.85%で自動的に計算してみると(表11)、2008年12月31日現在の人口は2,408.5万人となる。これを3か月遡って10月1日現在で推計すると2,403.4万人となり、第2回人口調査の値との差はわずかで、約1.8万人上回った。
つまり北朝鮮では1993年12月31日から2008年12月31日までの人口増加率は、北朝鮮政府が推定した通り約0.85%だったことになる。
表11.北朝鮮の人口(増加率0.85%で単純推計した場合、各年度12/31現在、単位万人)
さらに、北朝鮮の「朝鮮中央年鑑」で公表された人口の経過(表12)と比較してみたい。
表12.北朝鮮が公表した人口統計(「朝鮮中央年鑑」、各年度12/31現在、単位万人)
※下記は増加数。単位万人。1996年と2004年は2年分。
まず注目されるのは、多数の餓死者が発生した90年代後半の人口は減少どころか、増加しており、飢餓を脱出したとされるその後の年よりも多くなっていることである。北朝鮮では94年に飢餓が発生し、96年、97年、98年の「苦難の行軍」の3年間で大量の餓死が発生し、99年まで続き、その数は約300万人と言われる。餓死の規模については諸説があるが、餓死者が大量に出たことは脱北者の証言で明らかである。
しかし、北朝鮮は、この期間も人口が増加したと報告している。韓国のNGO「よき隣人」の脱北者調査の推計の根拠は、食糧不足が最も深刻で、かつ中国に近い咸鏡道の人々が多かったが、少数でも全国の脱北者からも事情を聴取した上で、300万人と推計している。300万人餓死説は他にもあり後述するが、仮に、餓死者数の最小説をとっても、この時期に人口が増加したとの報告はおかしいことになる。
詳しく見ると、1999年までは0.85%をはるかに超える増加率で、飢餓が収まったとされる1999年の人口は2,275万人で、0.85%成長の場合の2,232万人を43万人も上回る。しかも、飢餓が収まった筈の2000年以降は、餓死の時期より人口増加率が少ない。水増し人口数値の調整期に入ったような感じである。2003年分は人口統計すら出さなかった。
北朝鮮の統計は、そもそも1993年の人口調査の数値が水増しで、2008年の人口調査の数値も水増しである。国連機関は餓死が発生した1995年から北朝鮮への食糧支援を訴えたが、その期間に人口が増加したという北朝鮮の報告をおかしいと思わなかったのか。また14年後の2009年に発表された人口増加率0.85%にほぼ見合う人口調査の数値をおかしいと思わなかったのか。思ったけれども沈黙し、食糧生産量を増やすことでこれに抵抗してきたのか。
さらに、国連機関は2008年10月1日現在の人口2,405.2万人を元に、2010年の報告から2011年5月1日現在の人口を2,442.7万人と訂正した。同じ国連機関である国連人口基金(UNFPA)が人口調査を後援したため、訂正せざるをえなかったのであろう。
しかも、驚くべきことに今後は人口増加率0.6%を使用すると報告した。理由は、北朝鮮の統計局が今後0.6%を使用すると通知してきたからだという。人口調査の結果では、0.85%ずつ増え続けてきた筈なのに、今後は国連機関が使ってきた7%よりも低い増加率0.6%を使用することにしたのである(表13)。
表13.北朝鮮の人口(2009年以降訂正値、単位万人)
※2008.10.01現在2,405万人を元に09年以降5月1日現在で筆者作成。
※人口増加率は、北朝鮮当局が指示した0.6%を採用。
国連機関は、北朝鮮に言われるままに変更したのか。それとも、食糧生産量を多くし、不足量を少なく見積もることで、北朝鮮政府に暗に不快感を示したのか。このような場合、なぜ直接批判をしないのか、それが不思議である。納得できなければ支援をやめればいいのにそれができないのだろうか。それとも、一人当たりの食糧がかなり低くなってしまうことは無視して、少しずつでも人口の実態に近づいていくことをむしろ歓迎したのだろうか。
目次
報告概要
I.北朝鮮の食糧生産統計
1.毎年の調査基準が全く異なる国連機関の食糧生産統計
2.コメは100万トン水増し
3.メイズも100万トン水増し
4.国際社会が実態を誤解
5.不足しているから聞こえてくる悲鳴
6.北朝鮮の1日一人当たり食糧は江戸時代より3割少ない
II.北朝鮮の人口統計
1.不可解な国連機関の人口増加率訂正
2.おかしな報告の数々?北朝鮮人口調査
3.人口は300万人水増し
III.水増し統計を発表し続ける理由
1.個人独裁の責任が問われる
2.搾取と抵抗の朝鮮史
3.人口の水増しで国際支援を訴え
4.統計のからくりも限界に
5.国連支援機関の問題点
6.独裁国家への「人道支援」は非人道
7.国連は家族農業を認めない国家には人道支援を行うな